始まりの紅《あか》 ii
迂回路を探す。
空も心なしか曇って見える。だからだろうか、屋根の中へ避難してる人が多い。
駅内は立ち入り禁止になっていて、外に仮設トイレと給水場が二つずつ置いてある。
といっても、給水場とは名ばかりでペットボトルの水と自動販売機の中に入っていたであろうお茶やらジュースやらがポリバケツの中にまとめて詰め込んであるのを配布してるだけだ。
俺は給水場で水を二本貰い一本を櫻井に渡した。
「ありがとうございます」
「櫻井さん、この辺詳しいですか? 俺、この駅来たことなくて……」
頭を下げる櫻井に情報提供を求める。
「あそこを通っていけば行けると思います。私も二、三度来ただけで詳しく説明できないんですが、確か通りの抜けれたと思います」
指をさした方向を見る。すると、線路沿いに細い道ひっそりと隠れているのが見えた。
周りに意識を向けつつ、細道へと向かう。
「大丈夫そうですね。道塞がれたらどうしようって思ってたんですけど」
「大丈夫ですよ。次期に配給があの駅にも来るでしょうし、離れるほうが危ないのはみんなわかってるので」
「それなら、あそこにいたほうがいいんじゃないですか?
「それは……、この道抜けてからお話しします」
困ったような表情をつくって答える姿は、どこか寂しそうに見える。
黙々と歩き細道を抜けると、そこには道路際に瓦礫が立ち並び元々どんな建物かわからない姿で倒れていた。そのせいなのかあたりは異様な空気に包まれている。
なんだろうこの腐乱臭は? 唐突に鼻の奥を刺激するような異臭を感じとる。今日起きた出来事で、何かが腐ってるなんてことがあるわけがない。
ガスの匂いに近いような違うような……。考えていると、櫻井が裾を引っ張る。
「行きましょう! なんだか、嫌な予感がします。どっちに向かえばいいんでしょう?」
何とか耐え抜いている崩れかけの高架に目配りしながら答える。
「右に行けば、池袋方面に行けます」
「じゃあ、左ですね!」
弾けるように明るくなる櫻井に、首を横に振って答える。
「え、どうしてですか? こっち、ですよね?」
「迂回しないといけない。さっきの警察の人も言ってたと思いますが、最短ルートは使えないんです。きっとどこかでまたここに戻ってくることになります」
暗い顔をして「そんなぁ」と呟く櫻井に「大丈夫です。少し遠回りなるだけです」とありきたりに励ます。
「ここから右に行ってから、ここよりも大きな路まで出ましょう。人の流れに逆らう形になると思うので、はぐれないように気を付けてください」
注意を促すと、スッと俺の服の裾を摑んできた。
その仕草にドキッと戸惑いながら「あの、これは……」と声を漏らすとか細い声で「これならはぐれないです」と言われ、ますますドキッとしてしまった。
俺と櫻井は崩れそうな高架から逃げるように、口元を片手で覆い先を急いだ。
■
しばらく歩き、あることに気づいた。
先ほどまでの瓦礫と違い。この辺の瓦礫はなんだか赤く濁っている。
なんだろう、安易に触れないほうがいいとわかりつつも好奇心に負け、近くにあった建物に近づき赤く濁った色をした瓦礫の欠片を拾ってみる。と、その瓦礫から先ほどの腐乱した匂い鼻をスゥーっと通り、脳をピリピリと刺激する。
「これだ。腐乱臭の原因はこれだったんだ」
「確定ではないですが、これも要素の一つかもしれませんね」
否定せず、肯定もしない櫻井の言動に多少なり違和感を感じつつ、話を先ほどの後から話すと言っていた内容へと話題を転換する。
「櫻井さん、先ほどの話の続きなんですけど」
「先ほど、ですか。ああ、細道の時に話していたことですね。あれはですね、そうですね。こんな事態ですし、お話ししましょう」
櫻井は静かな口調で話し始めた。
「私はこの近くの大学に通っている、どこにでもいる普通の学生です。ただ違うのは、この赤い『モノ』について極秘裏に研究を行っている、組織に所属しているってところなんです。この赤い『モノ』は、宇宙から降ってきた謎の液体です。降ってくると言っても、可能性の話だったんですけどね。昔、私が小学生の時に一度落ちてきて以来、一度も降ってこなかったので……。その時落ちてきた液体を採取し調べることにしたのです。本格的に研究し始めたのは私が中学生の時の話ですね。言い忘れてましたが、この液体を調べていたのが私の父です。主任研究員として情熱を注いでいたそれは、特殊な力エネルギーを秘めているということがわかりました。その発見で、この液体が地球上には存在しない物質でできたものということが解りました。そして、今私がここにいる理由ですが、いつどこに落ちるかを予測していたところ今日池袋付近に落ちると予測がつきまして、前回落ちたときは飴玉くらいのサイズが数粒落ちただけだったもので、見つけれない可能性が高いということで早めに出てきたわけですが……。どうやら、巨大な塊になって落ちてきてしまったみたいですね……」
苦笑して話を中断させたタイミングで
「一つ質問いいですか?」
と疑問を投げていいか尋ねる。
「どうして、軍は気づけなかったんですか? ふつうなら、ミサイルとかで粉砕して被害抑える努力をすると思うんです。なのに、軍が出てきたのは落ちて三十分過ぎたあたり。電車が止まったのもそうですけど、遅すぎないですか?」
「それはですね……。単純な話ですよ、あの物体はステルス機能を持ってるんです。レーダーに映らなくなるあれですね、プラスして表面に細かい水の粒子を膜状に張ることで見えにくくしたんだと思われます」
得心とまではいかないが、理解はできた。
櫻井は時折周りを見ながら続けた。
「それだけではなくてですね、飛び散った破片がどんな二次被害を起こすかわからないので安易に破壊出来なかったのではないかと私は考えます」
確かに、と頷く。未知の物体を攻撃するのだ、万全の注意は払うだろう。そもそもステルスだとか、水の膜だとか、SFみたいな事態が現実に起きてる時点で、その可能性を示唆してない人間にわかるわけがないのだ。
「そういえば、特殊な力エネルギーってなんですか?」
純粋に気になっていた出来事である。
櫻井は陰のある悲しそうな表情をつくると俯いた。
その時だった。突然、俺の持っていた赤く濁った瓦礫の欠片が白く光り始めた。
「これはっ! 椎名さんッ! それを手放してッ!」
険相を変えて叫ぶ、が脳が処理しきれずワンテンポ遅れて指から欠片が地面に落ちる、はずだった。だが、欠片は静かに浮遊して表面の赤が波打つような奇妙な動きで欠片の中心に集まり球体をつくるとそれまで付着していた瓦礫のかけらを地面に落とす。欠片が地面に落ち、砕けると同時にその浮遊していた球体は俺の心臓めがけて加速しながら近づいてくる。
現実感のない出来事を目の前にして、呆然と立ち尽くす。が、唐突に恐怖が沸き上がり逃げようとするが足がすくんで動けない。
情けない、逃げることもできないのか俺は、動けよ。動けよッ! 動けッ! クソッ! なぜだ。なぜだ。なぜだ。だぜだ。なぜ動けない。今まで逃げてきた俺が悪いのか? 何もない俺がここまで生きてこれたのは、逃げてきたからじゃないか。あれも逃げれば何とかなるんだ。いや、逃げなければ絶対死ぬ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。こうしてる間にも近づいてきてる。早く、逃げるんだ。ここから、今すぐに。
やっと、一歩目が出たとき俺は赤い球体に胸を貫かれ意識を失った。
突然の出来事で、書いてる本人動揺してます。設定にありません。
といっても、続きあるので何とかなるんではないでしょうか。
感想などよろしくお願いします。
では、赤に染まりましょう! な、なんて