■ 東京2・北 ■
「本日も、JR東日本をご利用いただきまして、まことにありがとうございました。東京、東京です」
人混みを掻き分けるようにホームに降り立ち、太一は大きく深呼吸した。あまりにも人が多すぎて、本当に息が詰まる。東京の人々はどうしてこうも大勢の人波にもまれても平然と歩いているのだろうか。八王子なんか(というと地元の方には失礼だが、)とは比べ物にならない。二十三区内は太一の地元・熊本とも天と地ほどの差があった。そもそも歩く速度が早過ぎるのだ。キョロキョロと見渡しどちらに向かえば良いのか看板表示を探そうとしていても、誰かとぶつかりそうになり避けるのに精一杯でそれどころではなかった。まるで敵からの攻撃を避けるシューティングゲームを強制させられているような気分だ。
チラリとスマートフォンの時計を見る。まだまだ帰りの飛行機までは三時間近くもあるということを確認して、お土産を買うため駅構内を練り歩く。階段を降り人と人との間を縫うようにして進んでいくうちに、土産物屋店が並んでいるのを見つけた。そのうちのひとつ、目についた店の中を覗いてみると、色々な、文字通りカラフルな(いろいろな色の)包装を纏ったお土産用のお菓子が並んでいた。あまりの種類の多さに困惑していると、店員らしき女性に声を掛けられた。
「ただいま、試食サービス中です、一枚どうぞ」
綺麗な黒髪を後ろでくくった女性に優しく微笑みかけられ、太一はドキリとした。東京を見渡して比べてみても熊本の女性はやっぱり美人だと思っていたが、東京にも綺麗な人はいるんだな。しかも、桁違いに。人口が多いだけ綺麗な人は相当に綺麗なのかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
手渡されたのは牛の絵が描かれたチーズクリームをサンドしたラング・ド・シャのようなクッキーだった。おそらく美味しいだろうというだいたいの予想はつくが、綺麗な人から貰ったものならその美味しさも一入だろう。早速、封を開けて中身を食べてみる。やばい、だごうみゃあ。心のなかで思わず熊本弁が出てしまう。チーズそのものは元々から嫌いではないが、チーズケーキ然り、このクッキーも然り、チーズにクリームを混ぜるとどうしてこうも程良い甘さが引き立つのだろう。
「美味しいですね……これ、ください」
「お買い上げありがとうございます、お会計はあちらでございます」
目の前の商品棚に並んでいたそのクッキーを二箱手に取って太一が言うと、女性がニコリと再び笑顔で応じた。まんまと策略にハマっているよな、なんて思いながら、レジを待つ列に加わると、前を並ぶ数人の男性客が同じようにそのクッキーを手に取っていた。きっとあの店員さんに薦められて鼻の下を伸ばしながらついつい買ってしまったのだろう。何だか急に恥ずかしくなって思わず俯いていると、知らぬ間に列が進んでいて、店員から先へ進むように促された。
「たいへんお待たせいたしました。こちら二点で三千二十四円になります」
財布から一枚の五千円札と二十五円を取り出して店員に渡しお釣りを受け取る。
「ありがとうございました」
やっぱり、まんまと策略にハマっている気がしてならない。短髪で眼鏡の男性店員が、ニコリと笑顔を浮かべながら太一に向かってお辞儀をしたのを見て、そう思った。黒髪の女性の笑顔も、眼鏡の彼の笑顔も、全く同じ表情をしていた。




