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■ 篠山2・南 ■

 東京駅で買った高級風焼肉弁当を食べ終えた頃には、電車は篠山駅まであと少しの所だった。高級「風」というだけあって、肉は割とお安めの物だったらしい。冷えて固くなった肉を奥歯でなんとか噛み切って食べるという塩梅で、和也の顎はすっかり疲れてしまった。やっぱり、高級と書いてあるのに値段がお手頃価格だった時点で疑って掛かるべきだったと反省する。席を立ちデッキに出ると、そこにあったゴミ箱へ空になった弁当箱を捨てた。突然、ブーッと、胸ポケットの中で何かが振動する。電話だ。すぐにピンと来て、和也は慌ててそのスマートフォンを取り出した。きっと彼女からの電話だ。さっき東京駅で自分のスマートフォンに電話を掛けた時、電源が入っていなかったせいなのか、新宿駅でぶつかった彼女は電話に出なかった。今になってようやく電話が掛けられる場所に辿り着いて、履歴に気付いた彼女が電話を掛けてきてくれたのだろう。和也が今持っているスマートフォンはそもそも彼女の持ち物であるのだから、彼女だって自分の番号くらい把握しているはずだ。そう思い、画面に表示された番号をろくに確認もしないまま和也は通話に応じてしまった。

「もしもし! あの、さっきはすみませんでした」

「……あ? 誰やねん、お前?」

 背筋がひやりとした。ギョッとしてスマホを耳から外し画面を見る。そこには「外野くん」と名前が表示されていて、彼女の知り合いである誰かからの電話であることが分かった。しまった。このスマートフォンにこのタイミングで掛かってくる電話は、持ち主である彼女自身以外にあり得ないと、どうしてそう考えてしまったのだろう。彼女の知り合いが偶然掛けてくることだってあり得るじゃないか。

「誰やって聞いとんねん。お前、朋夏とどういう関係や」

 汗がダラダラと噴き出してくる。どうしよう。この男、ひょっとするとこのスマートフォンの持ち主である女性の彼氏さんなのではないだろうか。そうでなければ、彼女との関係を問われることは普通ないに違いない。彼が片思いしているとかそういうのであればまた話は別だが、いずれにせよとんでもない電話に出てしまったことは確かである。ここらへんで、誰かテレビカメラとドッキリ大成功の看板を持って現れてくれないかな。キョロキョロと周囲を見渡してみるものの、そんな隠し撮りをしているような趣味の悪い人物は見当たらない。

「……もうええ、朋夏に代われ」

 ヤバい。心臓がドキドキバクバクして止まらない。朋夏というのが、おそらく新宿で和也がぶつかった女性の名前なのだろう。しかし、あいにく今、朋夏さんはここにいない。

「すみません、朋夏さんはここには居ません」

「おらん訳ないやろ! じゃあなんでお前が朋夏のスマホ持ってんねん!」

 大声で怒鳴られるものだから、和也は思わずスマホを耳から遠ざけた。

「いや、本当に居ないんですって。実はこのスマホ、さっき新宿で」

「やかましいわ! じゃあ、朋夏は今どこに居るねん、言うてみい!」

「そんなの僕が知りたいですよ!」

「はあ? ふざけんなてめえ! もうええわ!」

 外野という名の男は、そう言ってガチャリと電話を切ってしまった。

「どうしよう、やっちゃった・・・」

 ガタンガタンと揺れるデッキで思わずそう呟く。他人の電話に出てその相手を怒らせてしまった。なんとかして誤解をとかなければ。しかし、暗証ロックを外すことのできない今の状態で彼に電話を掛け直すこともできない。仮に電話を掛け直すことができたとしても、今の彼の反応を見ていると、とてもではないが弁解の余地はなさそうだ。こうなったら、仕方がない。いち早くこのスマートフォンの持ち主にこのスマートフォンを返し、事情を説明する必要がある。新宿でぶつかった彼女を思い出し、少し怖い思いをする。若い、少し気の強そうな女の子だった。ひょっとしたら怒られるかもしれないな。和也は深い溜め息を吐いた。

「まもなく、篠山駅に到着します。猿渡方面へはここでお乗り換えください」

 軽快な短い音楽に続いてアナウンスが流れ、和也はハッと我に返る。そうこうしているうちに乗り換えの駅に到着してしまった。弁当のゴミを捨てた後は一度席に戻るつもりだったが、窓の外を見るとホームが見えてきたのでこのまま降りることにした。緩やかにスピードを落とした電車が完全に停車し、開いた扉からホームへ降り立った。まだ肌寒い空気に、和也はブルッと背中を震わせる。キョロキョロとホームを見渡し、猿渡方面乗り換えと書かれた看板を見つけ、その指示に従い階段を登ろうとした所で、背後から和也を呼ぶ声が聞こえた。

「南野くん!」

 振り返ると、キャリーバッグをゴロゴロと引きずりながら一人の女性が駆け寄ってきていた。薄い緑のワンピースの上から白いカーディガンを羽織っている。何処かで見覚えがあるなと思いながらも、遠目からは上手く視認できず数歩近づくと、その女性が笑顔で大きく手を振った。西島麻衣子だ。和也も笑顔でそれに答える。

「西島さん、どうしたの、そんな大きな荷物持って」

 歩み寄って尋ねると、麻衣子は少し息を弾ませていた。声を掛けられてから和也の許に駆け寄るまでさほど走ったようには見えなかったが、ひょっとすると思いの外離れた場所から和也に気付いて走ってきてくれたのかもしれない。もしそうだとしたら、すぐに気付いてあげられなくて申し訳ない気持ちになる。

「実は、仕事の関係で、引っ越すことになっちゃって」

「え、マジで? そうなの?」

 驚いて聞き返す。小学校から高校まで一緒だった彼女が、まさか引っ越してしまうなんて。別れはいずれ来るものなのかもしれないが、あまりに突然のことにビックリしてしまう。唯町から、また一人知り合いが減ってしまうのか。

「それは、寂しくなるなぁ」

「……ありがとう」

 寂しくなると、和也は心の中で呟いたつもりであったが、どうやら口に出してしまっていたらしい。またやってしまったと少し恥ずかしくもあったが、少なくとも彼女を傷付けた訳では無いようなので、気にしないことにした。

「何処に住むの?」

「福島県の、郡山ってところ。今から東京まで出て、新幹線で行くんだ」

「福島? これはまた遠くに行っちゃうんだね……」

 和也の言葉に、彼女はやるせない笑顔を浮かべている。故郷を離れて暮らしたことのない和也にはまだ分からないことであったが、もしもその時が来たら、和也も同じような表情を浮かべるのであろうか。

「うん……って、あれ? 南野くん、そのスマホ……」

 麻衣子はそう言って和也が右手に握りしめていたスマートフォンを指差した。

「え、これ?」

「うん、それ、私のとおんなじ奴だ! ちょっと見せて!」

「え、でもこれ……」

 自分のものではないスマートフォンなだけに渡すのが躊躇われたが、麻衣子が躊躇なく和也の手の中のそれを掴もうとするので、和也は仕方なくそれを麻衣子に手渡した。持っていたショルダーバッグから取り出されたのは、和也のそれと色まで同じものであった。

「本当だ!」

 今日一日でまた同じデザインのスマートフォンを持っている人に会うなんて、と驚いていると、ピリリリリリと不意に和也のフィーチャーフォンが鳴った。慌てて鞄からそれを取り出し、先程の失敗に反省して今度は着信元が誰かを確認する。一瞬、スマホの落とし主からの折り返しの電話かと期待したが、残念ながら相手は職場の上司だった。

「ごめん、職場からだ、出るね」

 和也が申し訳無さそうに右手を立てて謝ると、麻衣子は優しく微笑んで首を横に振った。

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