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■ 京都5・東 ■

長らく止まってしまっていて大変申し訳ありません。

手書きプロットをなくしてしまい困っていたのですがなんとか再開しました。

 通話を終えた朋夏は安堵した。まだすぐにという訳ではないが、ようやく自分のスマートフォンが帰ってくる算段がついたのだ。それに、明日はちょうど広島で阪神と広島の三連戦が始まる日だった。せっかくお金を払って広島まで行くのだから、阪神の試合を見て帰ることにしよう。とはいえせっかくの遠出なのだから、他にもいくつか観光していきたいものだ。広島といえば宮島が思い浮かぶが、広島市民球場──いや、今はマツダスタジアムだったか、そこからは距離があるのだろうか。つい昨日まで東京に行っていたこともありあまりお金はない。広島なら東京よりかは近いけれど、明日は平日なので試合が始まるのは十八時からだから、試合が長引くとさすがに日帰りは難しそうだ。でも、ゴールデンウィークにはまた遠征したいし、お金はできるだけ残しておきたい。親には心配をかけるかもしれないが、明日は京都の下宿に帰るとかなんとか言っておけば適当に納得してくれるだろう。流石にもう、今年の誕生日で二十四歳になるのだ、心配されるいわれはない。

「昨日は東京、明日は広島……す、凄いですね……」

 ポカンと呆気にとられたように和也が言うので、朋夏はニコリと微笑んで答えた。

「今年で学生も終わりですから、せっかくなんで旅行も兼ねて遊んで来ます」

「なるほど……確かに、社会人になったらお金は増えますけど、時間は一気に減りますからねぇ」

 辟易するように溜め息を吐きながら和也が言う。そういえば、彼は土曜日に東京で仕事をして、日曜日に大阪まで仕事をしに来ていたのだった。これで平日に休みが無いのだとしたら、ブラックもブラックだ。一年後の朋夏が働く企業は、果たしてブラックかホワイトか。想像するだけで吐き気がしそうだ。

 不意に、和也が何かを思い出したような表情を浮かべたので、なんだろうと首を傾げていると、何やらぶつぶつと呟き始めた。

「しまった……外野さんのこと伝えないといけないんだった……どうしよう……」

「ソトノ……?」

 予想だにしなかったその名前に、朋夏はギョッとした。今日──いや、正確には昨日やけども──初めて会った人がなんで私の彼氏の名前を知ってるんや!? こいつはエスパーかなんかとちゃうか? 日々ブラック企業に勤めストレスを溜め込むとこんなこともできるようになるんやなぁ。驚きのあまり、訳の分からない思考回路が頭の中でぐるぐると繋がっていく。

「げっ……今の、声に出てました?」

 バツが悪そうに和也は言って、頭をポリポリと掻いた。どうやら独り言だったようであるが、恋人の名前を知っているということにはかわりがないらしい。ちょっと驚いたけれど、まぁこれから何を言われてもそうそう驚きはせーへんぞ。そんなことを考えた朋夏の予想は、ものの見事に一瞬で裏切られることになる。

「本当にごめんなさい!その、色々ありまして、外野さんと勝手に別れちゃいました」

 和也はそう言うや否や深々と頭を下げた。──あかん。意味分からんっちゅうねん。朋夏にとっての初めての恋人である外野明史と、知らない間に別れていたらしい。勝手に別れちゃいましたって、勝手にも程がある。

「別れ……たんですか?」

 目をパチパチとさせながら、朋夏が尋ねると、顔を上げた和也は再び腰を九十度に曲げて謝罪の気持ちを示してみせた。あぁ、こら、見事なまでに綺麗な直角やな。うん。見事や。

「まぁ……でも、ちょうど良かったです」

 和也は腰を九十度に曲げたまま顔だけを朋夏の方に向けた。なんとも間の抜けたような表情をしていて、言葉は無いまでも顔には明らかに「は?」と書かれていて、朋夏は思わず吹き出して笑いそうになった。

「いえ……ちょうど、別れようかと思ってたので」

 朋夏はニコリと笑うと、今度はポカンと口をあけたまま、はぁ、と息を吐くように和也が言った。えーかげん腰真っ直ぐに戻したらえーのに。若くして腰痛に悩まされますよ、おにいさん。

「なので、大丈夫です。あ、遠くからわざわざすみませんでした。スマホ返しに……って、私のスマホは返って来てはないんですけど、でも、はい、お手数お掛けしました」

 特別怒って言った訳ではないのだが、和也は朋夏のその言葉を聞いてさらに顔を青ざめさせて、再び顔を下げごめんなさいと謝った。本当に、怒ってはいないんだけれど、ちょっと嫌味な言い方をしてしまったな。少し冷静になって、逆に申し訳ない気持ちになった。それにしても、本当に見事な直角である。きっと、社会人になって培われた能力なのだろう。数年後には朋夏も、こんな綺麗な直角を描くようになるのかもしれない。もう、本当に、うんざりだ。

「いえ、すみません、本当に気にしていませんから。とにかく、お疲れ様でした。少なくとも、南野さんのスマホだけでも無事に元通り戻って良かったです」

 ペコリと軽く頭を下げると、少し安堵したのか、和也の腰がようやく三十度くらいまで戻ってきた。もう少しだ。

「本当に、土日にお仕事お疲れ様です」

 もう一度小さく会釈をする。真っ直ぐに戻りかけた和也の腰は再び九十度まで曲がったが、今度はすぐに顔を上げ、再び体を一筋に戻してくれた。

「あ、えっと、こちらこそ、スマホ、ありがとうございました! 本当に助かりました。それと、東山さんのスマホをお返しできず本当に申し訳ございません」

 和也の言葉に首を横に振り改めて気にしていないことを伝えると、朋夏はそれではこれでと台詞を締めて和也と改札口に背を向けた。

「はい、失礼します!」

 そんな言葉が背後で聞こえた。交換したスマホが自分の物でなかったことも、外野くんといつの間にか別れていたことも驚いたけれど、なんだか心は晴れやかだった。ストーカーの様相を呈してきていた彼のことを、心の中で本当に疎ましく思っていたらしい。吹っ切れたようで足取りは軽くなっていた。そんな軽やかな歩みを何歩か進んだところで、ふと目の前にみどりの窓口があることに気が付く。そうだ、明日の広島までの新幹線の切符を買わなければ。なんとか安く買えないだろうか。そういえば、明日の集合時間と場所を決めていなかったな。また後で公衆電話を見つけたら、自分のスマホに連絡を取らなければ。そんなことを考えながら、朋夏は自動ドアを潜った。

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