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■ 熊本4・北 ■

「今、熊本にいるんですよね」

 太一がそう告げると、太一と同じく東京にはいないという電話越しの女性の溜め息が聞こえ、残念ながら彼女の居住地が少なくとも九州ではないであろうことが太一にも予想できた。

「えっと、すみません、そちらは、どちらにおられますか?」

 太一がおずおずと尋ねると、女性は住んでいるのは滋賀県の大津市ですと答えた。滋賀ならば東京よりは近いが、それでも何百キロも離れた距離であることに変わりはない。不意にピーッと公衆電話の受話器から警告音が鳴った。見ると、通話料金の残高が残り少なくなっており、太一は慌てて小銭を少し多めに追加した。距離が遠いせいか携帯電話にかけているからなのか、お金がなかなかかかるようである。

 さて、それにしてもどうしたものだろう。入れ替わってしまったスマートフォンを交換するには直接会うか、それとも郵送して交換するかである。そんなことを考えていると、受話器の向こうの女性は思い出したように訪ねてきた。

「あの、すみません、ひとつお伺いしたいのですが、今、そちらにあるスマートフォンの待受画面って、どんな画面ですかね?」

 それを聞き太一はなるほどと思った。太一は自分のスマートフォンに電話を掛けているので、女性が持っているのは間違いなく太一のスマートフォンのはずであるが、彼女にはそれが分からないので、本当に自分のスマートフォンかどうかを確認したいのだろう。太一は持っていたスマートフォンのホームボタンを押しロック画面を表示させた。

「えっと、海に橋が掛かっている写真です。綺麗な写真ですね」

 海と空の青色が良く映える写真で、素直にそう思って太一が言うと、受話器の向こうで女性が静かに笑った。

「海ではないですよ、琵琶湖です」

「そうなんですね? あ、確かに、よく見たら向こう岸が見えますね」

 橋の向こう側に建物があるのが見えて、太一は納得して頷いた。入り江になっていれば向こう岸が見えてもおかしくは無いかも知れないが、しかし海と見紛う程の広々とした青い水面と巨大な橋は、流石日本一大きな湖だと思わされる。

「あの、もうひとつすみませんが、念の為、〇七二〇でロックが解除できるか試して頂いても良いですか?」

「え、良いんですか?」

 彼女が何の躊躇いもなくそう頼むので太一が驚いて言うと、受話器の向こうで今度は少し逡巡しながら答えた。

「せっかく交換してやっぱり自分のじゃなかったりしても困るので……」

「えっと、じゃあ、分かりました」

 太一は戸惑いながらも、言われた通りにスマートフォンに四桁の数字を入力する。ロックは問題なく解除された。

「解除できました! えっと、これ、確か滋賀県のゆるキャラの写真ですね?」

 アプリのアイコンの後ろ側に、兜を被った猫の着ぐるみがお城の前に立っている写真が表示される。太一も熊本のゆるキャラをロック画面に設定していたので、何とも気が合うなと思い、少し嬉しくなった。

「そうです、良かった! 私のスマートフォンで間違い無さそうですね!」

 彼女は嬉しそうにそう言ったあと、すぐにどうやってスマートフォンを交換するかに話題が移った。どちらかが熊本か滋賀に行くのは負担が大きすぎる。間を取るなら、広島県くらいだろうか。一番現実的なのはお互いの家に郵送することだが、昨日、東京駅のカフェで出会った彼女の姿を思い出し、太一にはどうしても直接会って交換したいという下心があった。無理強いするのは良くないが、しかしこの出会いを無駄にするのも惜しいので、勇気を出して提案してみることにした。

「直接会うなら間をとって広島県くらいで会うか、ですが……流石に明日は平日ですし、距離もありますし、会って交換するのは難しい、ですよね? 僕は学生なので、明日もまだ春休みなんですが……」

 そうですね、難しいので、郵送で交換しましょう。そんな返事が返ってくるに決まっている。太一はそう思い半ば諦めていたのだが、受話器の向こうの女性の答えは太一の予想外のものであった。

「広島、ですか。分かりました、そちらがよろしければ明日、広島で交換しましょう」

「え、良いんですか!?」

 思わず咳き込みそうになりながら、太一は言った。そんな馬鹿な。今日はエイプリルフールだったっけ? いや、それは昨日で終わったはずだ。まさかの展開にハイテンションになりながら、明日広島駅で昼の十二時頃に会う約束を取り付けた。正直、経済的に辛いものがあるが、あれだけ可愛い女性とお近づきになれるのだ。それぐらいの経費は喜んで支払おう。月末はもしかしたらカップラーメン生活が待っているかもしれないが、もし彼女とうまく行けばそのカップラーメンは今までに食べたことがないくらい絶品なものになるだろう。やったぜ。

「えっと、お名前だけお伺いしていても良いですか?」

「太一です! 北本太一!」

「私は東山朋夏といいます。すみません、そしたら明日、よろしくお願いします」

 朋夏と名乗る女性がそう言い終えるや否や通話は終了した。受話器を下ろすと、チャリチャリとお釣りが戻ってきたのでそれを財布に入れる。太一は百貨店を出るとすぐに近くの電停から目の前の大通りを走る市電に乗り熊本駅を目指した。明日乗る新幹線の切符を買いに行くためだ。普段ならスマートフォンからネット予約をするのだが、今はそのスマートフォンが手元に無いのだから仕方がない。ネット割引も利用できないので料金も少しだけ高くなってしまうが、それは東山朋夏さんと出会えるのだからと目を瞑ることにした。それにしても、彼女はどうして迷うことなく郵送などの方法ではなく直接会って交換することを承諾してくれたのだろう? 案外彼女の方も、太一のことを格好良いと思ってくれていたのだろうか。いやー、楽しみだ。広島の有名な所って何があったかな。厳島神社は遠かっただろうか。調べようにもスマートフォンが無いのは痛い。帰りに大学に寄って図書館でパソコンを借りることにしよう。熊本城の横を通り過ぎる市電に揺られながら、太一は明日の広島での一日に胸を踊らせていた。

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