■ 京都3・東 ■
京都駅で地下鉄を降り、人混みを掻き分けながら朋夏は階段を上っていく。地元の大津はただ広大な琵琶湖があるばかりで遊び場が少ないため京都駅か一つ大津寄りの山科駅まで出てくることも珍しくなかったが、普段京都駅で待ち合わせをする時、朋夏はいつも中央改札口の前で待ち合わせることが多かった。そのため、なんとなく中央改札口を目指していたが、ふと待ち合わせ場所を決めていなかったことを思い出す。しまった。おそらく彼──南野さんは関西の人間ではないので、京都駅のメジャーな待ち合わせ場所が何処かということはよく知らないだろう。西口改札の前に時の灯という待ち合わせ場所もあり、他にも八条口、地下改札口など改札口だけでも様々だ。なんとかして彼に連絡を取らなければと思ったが、公衆電話がなければ自分のスマートフォンに電話を掛けることもままならない。大きな駅だから流石に公衆電話がひとつもないことは無いだろうけれど、大きな駅だからこそそれは骨の折れる作業だった。どうも南野は携帯電話を二台持っているようであるから、彼の方からまた電話を掛けてくれないだろうかと思っていると、タイミングよく朋夏の手元にあるスマートフォンが振動した。表示された番号は、南野が何度も掛けてきてくれていた番号だった。素晴らしい。
「もしもし!すみません、ちょうど良かったです。京都駅に着いたんですけど、何処にいらっしゃるか電話を掛けようにも公衆電話が見当たらなくて」
まだ公衆電話を探してもいなかったことはさておいて、朋夏がそう言うと和也はそういえばそうですよね、と苦笑いしていた。
「今、どちらにおられますか?」
「中央改札口って分かりますかね? 京都駅の北側の、京都タワーとかが見える出入り口の近くなんですけど……」
改札を背に京都駅の外を見上げると、ローソクのような形をした白いタワーが立っている。条例の関係で高い建物が少ない京都においては、百メートルを超えるタワーはとても目立っていた。京都市内の小高い場所なら何処からでも京都タワーが見えるらしく、そういう意味では京都タワーの二倍以上の高さがあるものの周囲に高層ビルが立ち並んでいる東京タワーよりもずっと目立つ建造物なのだと、京都の友達が自慢気に語っていた。そのくせ、京都タワーが好きかと聞くと、京都の町並みには合っていないから嫌いだと言う京都人の考えは滋賀県民の朋夏にはよく分からない。
「えっと、京都タワーは多分さっきウロウロしていた時に見かけたような気がします、ちょっと探してみますね」
「ちなみに、南野さんは今どこにいるか分かりますか? あれだったら、京都駅は多分私の方が詳しいと思いますので、私が南野さんを探しますよ」
「ええっと、今近くに見えるのは……新幹線の改札口が見えますね。その反対側は、何でしょう、もうひとつ改札口があるみたいですが……」
和也の説明を聞いて近鉄電車の改札口かな、と朋夏は思った。
「多分分かりました、そちらに向かいますので、新幹線の改札口の前で待っていて貰っても良いですか? ちなみに、服装はどんな服装されていますかね?」
「分かりました。服装はスーツなので、あんまり目印にはならないですかね……。あ、紺色のキャリーバッグを持っています。えっと、東山さん、でしたっけ? 東山さんはどんな服装をされてますか?」
中央改札前から大階段の方に伸びるエスカレーターを上がりながら、朋夏は自分の服装を確認する。
「青のチェックのシャツに、紺のカーディガンを羽織っています。下は、白のロングスカートで、茶色いリュックを背負ってます」
朋夏は少し小走りで伊勢丹の前の二階通路を左に折れて、人混みを掻き分けるようにして進んだ。在来線の西口改札やみどりの窓口を通り過ぎると、階段が見えてくる。あれを降りれば、新幹線と近鉄の改札口付近に辿り着くはずだ。
「もうすぐ着きます!」
「分かりました、探します!」
階段を降りて進むと、新幹線口の表示が見えた。改札前の柱の近くには何人かスーツ姿の男性がいたが、一人携帯電話を片手に誰かと会話をしている人を見つけ、彼だと思い近付いた。男性も朋夏に気付いたらしく、朋夏を見てペコリと頭を下げた。間違いない。彼が南野さんだ。画面上の赤い通話終了ボタンを押して電話切ると、朋夏も彼に軽く会釈を交わす。
「すみません、わざわざこちらまで来ていただいて」
「こちらこそ遠くからお越しいただいてありがとうございました。助かりました」
朋夏が深々とお辞儀をすると、和也は慌てたように首を横にブンブンと振った。
「いえ、今日がたまたま関西で仕事がある日で良かったです。あ、スマホ、お返ししますね」
男性はそう言うと、ゴソゴソと小さなショルダーバッグの中から水色のスマートフォンを取り出した。間違いなく、朋夏の持っているそれと同じ外観のスマートフォンだ。たった今まで通話に利用していた、左手に握りしめているスマートフォンを彼に渡し、そして和也の持っているスマートフォンを朋夏は受け取った。
「良かった、間違いなく僕のスマホですね」
安堵の溜め息を吐きながら彼が言うので、朋夏も自分のスマートフォンを確認するべく、ホームボタンを押した。朋夏はドキリとした。ロック画面を見た瞬間、朋夏は気付いてしまった。違う。これは、私のスマートフォンではない。画面に映された、見覚えのある黒い熊のキャラクターは、虚ろな瞳で朋夏を見ている。これは確か、九州地方熊本市のゆるキャラであったはずだ。そんな写真、設定した覚えもなければ、それ以前に撮影した記憶もない。なぜ、どうしてこんなことに──。
「どうか、されましたか?」
朋夏の怪訝な顔に気付いたのか、和也がおそるおそる尋ねてきた。どうもこうもあれへんわ!と思った朋夏であったが、今怒鳴っても仕方がないので、そこはグッと我慢する。
「これ……私のじゃ、無いです」
ふと思い立ち、試しに自分のスマホの暗証番号を入力してみる。もしも勝手に待受画面が何らかの不具合により差し替わってしまっているだけだとしたら、これで開くはずだ。しかし、そんな朋夏の一縷の望みを打ち砕くかのように、画面が左右に揺れるようなエフェクトが起こり、パスワードが間違っているということを教えられた。念の為もう一度入力してみたが、結果は同じだった。
「えっと……東山さんのスマホでは、無いですか?」
目を丸くしながら、和也は言った。無いですか、ちゃうわ!どないなっとんねん!ふつふつと怒りが湧き上がり、朋夏は気持ちを抑えるために深く溜め息を吐いた。公衆の面前でなければ、おそらく怒鳴り散らしていたに違いない。
「どういうこと、ですか? 私のスマホ、何処に行ったんですか?」
尋ねると和也はギョッとして、慌てふためいたように朋夏の手元のスマートフォンと朋夏の顔とを交互に見ていた。そんなオドオドとする彼を見て、少し苛立ちを顕にしてしまっていたことに気付く。彼だって朋夏と同じ被害者なんだからと自分に言い聞かせた。イライラしたって解決する訳ではない。彼のせいではないのだ。
「ごめんなさい、南野さんに文句を言っても仕方がないですよね……」
「いえ、大丈夫です、すみません。でも、何故でしょう……確かに新宿で入れ替わってから、ずっとこのスマートフォンを持って……あ……」
「あ……?」
って、思い当たることあるんかい!どないなっとんねん!朋夏は心の中で叫び、思わず天を仰いだ。




