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■ 新宿2・東 ■

 昨日といい、今日といい、本当にツイていない。始まりは、昨夜の東京ドームでの阪神巨人戦で、阪神が十対一で大敗を喫した所から始まった。先発投手が助っ人外国人のマッテンローという選手で、投げてはヒットを打たれ、守ってはボールをこぼし、散々な結果だったのだ。何が助っ人や、チームの足しか引っ張ってへんやないかと腹立たしく思いながら、東山朋夏はドーム近くに予約していたホテルに戻った。あまりに興奮していたこともあってなかなか眠れずにいたのだが、関西からの移動疲れもあり気が付かぬうちに夢の世界へと旅立っており、目が覚めると起床予定時間を大幅に過ぎていて愕然とした。あと十五分でチェックアウト時間を過ぎてしまうというところで急いで荷物を纏め、化粧も疎かにホテルを発った。本当ならバイキング形式の朝食を、優雅にコーヒーを啜りながら頂くはずだったのに。それもこれも、マッテンローのせいである。マッテンローのアホ!

 空腹による苛立ちも混じり、スマートフォンを取り出して何処か美味しい朝食を頂くことのできる喫茶店を探す。地図のアプリで喫茶店と入力して検索すると無数の赤い丸が地図上に表示された。こらあかん。仕方ない、とりあえず新宿まで出てみるかと思い、近くの地下鉄の駅を探し歩き始める。この時、当の本人は全く気付いていなかったのだが、朋夏は水道橋駅を目指したつもりが全く反対方向の後楽園駅を目指してしまっていたらしい。巨大なジェットコースターと東京ドームの間の道を十分ばかり歩いて後楽園駅の看板が見えてきたことで間違いに気付いたのだが、ここからでも新宿まで行けることが分かり、朋夏は丸ノ内線のホームに降り立った。当初の予定通りに水道橋駅からJRに乗るか、あるいは後楽園駅のすぐ隣にあった大江戸線の春日駅に降りていれば、新宿まで十五分と掛からず辿り着けていたものを、丸ノ内線に乗ってしまったがためにグルリと回って三十分も掛かってしまったことに気付いたのはそれよりもずっと後のことで、やはり朋夏は憤慨した。それもこれも、マッテンローのせいである。冷静に考えればそれは完全なる八つ当たりでしか無いのだが、そう思っていなければやっていられなかった。そもそも、マッテンローって何人やねん。何処から来たんか知らへんけど、さっさと祖国に帰ってしまえばえーのに。イライラは募るばかりだ。

 新宿駅に到着し地上へ上がると、そこはやはり都会だった。もちろん東京ドームの周辺も間違いなく都会だったのだが、こんな巨大なビルの群れが当たり前のように存在することに東京へ来るたび驚かされる。関西弁を話す阪神ファンである朋夏は、それ故に大阪人と間違われることも多かったが、実際は滋賀県にある漁港近くの住宅街で育った田舎っ子だった。漁港と言っても、そこは海ではなく琵琶湖と呼ばれる日本一大きな湖である。実家の近所には浮御堂という、湖上に御堂の立つお寺があるのだが、大学の友達に話しても誰も知らなくて寂しい思いをした。他にも百メートルを超える大きな観覧車が昔あったのだが、何年か前に取り壊されてしまっており、他に紹介できるものは何も浮かばなかった。

 グゥググゥと再びお腹が鳴って空腹を思い出した朋夏は、早速朝食を食べる店を探すべく移動を始めた。スマートフォンで検索しても赤丸だらけでどうせ決めきらないだろうことを予想して適当に歩きまわっていると、何だかマイクロソフトの表計算ソフトのような名前のコーヒーショップを見つけてそこに入ることにした。スターバックスのような外観のそれは、関西であまり見かけた記憶がなく、少なくとも地元には無いものと思われる。

「いらっしゃいませ」

 レジに並ぶと店員がお辞儀をして応対した。メニューにピッツア・アボルトという得体のしれない名前の食べ物が書かれていることに気付いて、なんとなくそれのベーコンチーズ味を注文することにした。ピッツアとあるのだから、きっとピザっぽい何かであって美味しいものなのだろう。飲み物にオルゾーラテを注文し、お金を払った後商品を受け取る。ピッツァ・アボルトは予想していたものとは違い、確かにピザらしい食べ物ではあったのだが、餃子のように、あるいはパスタのファルファーレのように真中部分だけ折り畳まれていた。おそるおそる一口齧ってみると、チーズの味が絶妙で美味しかった。お腹を空かせていたこともあり一瞬で平らげて、満足したお腹をさすりながらのんびりとオルゾーラテを啜る。ことの重大さに気付いたのは、ふと帰りの新幹線の時間が気になって財布から切符を取り出した時のことだった。品川駅を十三時四十分発のひかりに乗るということを確認した後、左手に付けた腕時計が示す時刻を見て朋夏はギョッとした。朝食のつもりでここに入っていたはずなのに、既にお昼の十二時を回っていたのだ。そもそもチェックアウト時間ギリギリに起きてしまったこと、東京ドームからここまで、歩く時間も含めて一時間以上も掛かってしまったことで予想していた時間よりも随分と遅れを取っていたのだということを思い出す。優雅にオルゾーラテを飲んでいる場合ではない。せっかく、新宿で可愛い洋服でも買って帰ろうと思っていたのに。品川駅でお土産を買う時間も欲しいし、さすがにお昼はまだ早いが、新幹線車内でお腹が空くであろうからお弁当くらいは買って乗りたい。そもそもここから品川駅までどれくらい掛かるのだろうと調べてみると、どうやら三十分弱はかかるらしく、今朝、水道橋駅に辿り着けなかったことを思い返してみても少し余裕を持って出発したいところであった。冷静に考えれば、品川駅にも買い物するところくらいはあるだろうから、急いで品川まで行って買い物をしよう。うん、そうしよう。

 朋夏は残りのオルゾーラテを一気に飲み干すと、イソイソと店を出た。スマートフォンの地図アプリを駆使しながら新宿の街をウロウロして、靖国通りという通りをしばらく歩き新宿一丁目北という交差点の看板を見て、逆方向に歩いていることに気付く。やっぱり、早めに出て正解だった。急いで方向転換をして新宿駅を目指し歩いていると、新宿五丁目東という交差点を渡ろうとした所でドンッと人にぶつかった。手中からスマートフォンが離れ宙を舞い、地面に落下するのとほぼ同時に、朋夏は後ろ向きにお尻から倒れた。

「いたたた、すみません」

 どこ見て歩いとんねん、このアホンダラ! そう怒鳴ろうとしたところで、彼がすみませんと謝ってきたので、見ると同じように倒れていたのは気が弱そうなサラリーマンのお兄さんだった。文句を言う前から既に彼はオドオドとしていて、関西弁で捲し立てたら縮こまってしまいそうだなと思い、仕方なく溜め息を吐いて起き上がる。

「いえ、私こそすみません。ちょっと、急いでいたので」

 イライラを抑えなんとかそう答えると、彼は起き上がりキョロキョロと周囲を見渡し始めた。そういえば私も、スマートフォンを落としたんだったと思い出し探してみると、すぐ前方に落ちているのを見つけてホッと胸を撫で下ろした。それを拾い上げ、すみませんでしたともう一度謝った後、周囲の人々の視線が朋夏たち二人に集まっていることに気付き、彼の返事を待つことなく慌てて目の前の横断歩道を渡った。それに今はできるだけ早く品川駅に到着しなければならない。とにかくまずは新宿駅を目指すためスマートフォンで現在位置を確認しようとホームボタンを押してみる。しかし、画面は真っ暗なままうんともすんともいわなかった。まさか、さっき落下させた影響で壊れた?

「なんでやねん、こんな時に……」

 昨日といい、今日といい、本当にツイていない。もう涙目になりながら、朋夏は東京の街中を彷徨い続けた。それもこれも、全てはマッテンローのせいである。マッテンローのアホ! ドアホ!

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