■ 熊本2・北 ■
前回更新から間があいてしまい大変申し訳ありません。
更新が遅れても仕事の隙を見つけて必ず完結させますので、ご容赦のほどよろしくお願い致します。
朝目が覚めると、既に十時を回っていた。どうして目覚ましがならなかったのだろうと思い、今は自分のスマートフォンが無いのだということを思い出す。普段、朝はスマートフォンの目覚まし機能に頼って起きていたので、それが無い今の太一には決められた時間通りに起きる術が無かった。もっと早く起きるつもりだったのにと悔やんでも仕方がないので、適当な服に着替え身支度を済ませる。今日が大学の実習の日だとかではなく春休みの真っ只中であったことは幸いだ。もしも今日が実習の日で、回る科が外科系の科なんてことがあれば鬼のような形相で叱られただろう。ひょっとしたら浅草寺の風神雷神よりもずっと怖いかもしれない。
朝食もそこそこに家を出て、繁華街である通町筋を目指す。大学が割と繁華街に近く、その大学のすぐ近くのアパートを借りて一人暮らしをしていたので、通町筋まで出てくるのも自転車で十分と掛からなかった。市役所近くの駐輪場に自転車を止め、携帯電話の店を目指す。今日こそ、落としたスマートフォンの利用停止をお願いしなければならない。店内に入ると既に受付は満席で、仕方なく順番を待つことにした。十数分ほど待たされて、ようやく店員の女性から声を掛けられた。
「大変お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ぽっちゃりとした女性が無表情ながらも頭を下げた後、そう尋ねた。
「スマートフォンを落としたので、利用停止をお願いしたいのですが……」
中塚という名札を付けたその女性は、太一の言葉を聞き眉に唾をつけたような表情を浮かべた。何だろうと思い、あまり良い気持ちがしないなとムッとしていると、彼女は太一の右手を指差した。
「あの、そちらのスマートフォンは、お客様の物では無いのでしょうか?」
太一は右手に、昨日東京駅の喫茶店ですれ違った女性の物と思われる水色のスマートフォンを持っていた。確かに、スマートフォンと普通の携帯電話だとか、そういうのを二台持ちしているのならまだしも、スマートフォンを二台持ちすることはあまり無いように思える。もちろん、中にはしている人も居るだろうけれど。
「えっと、これは、説明するとややこしいんですけど……」
どう説明するべきか、考えを巡らせてから、太一は続きを話した。
「昨日、東京に出かけてまして、その出かけた先でたまたま同じ機種のスマートフォンを持っていた知らない女性と出会ったんですけど、どうもその時に、ちょっとしたトラブルで入れ替わってしまったみたいで」
中塚という女性は、やはり信じられないというような顔をしていたが、何度か頷きながら少し考え込むように明後日の方を向いた。
「お客様は、データのバックアップ等はとられていますか?」
思い付いたように、中塚は言った。
「いえ、取ってないですけど……」
急に何を言い出すのだろうと思いながら、太一は答える。中塚は、うんうんと頷いた。
「それでしたら、おそらくお相手様もお困りだと思いますので、一度ご自分のスマートフォンに電話を掛けてみられては如何でしょうか? 東京で落とされたということですので、なかなか交換するというのは難しいかもしれませんが、データのバックアップが無いのであれば、交換できないか交渉してみると良いかと思うのですが」
太一は、ハッとした。そうか。その手があったのか。自分のスマートフォンの電話番号は分かるのだから、電話を掛ければ喫茶店で会った彼女がでるはずだ。電話を掛けて交換のために会う約束を取り付ければ、スマートフォンは手元に戻ってくるし、女性ともお近づきになれるかもしれない。なんてこった。これは素晴らしい。
「本当ですね、ありがとうございます!」
太一が笑顔でそうお礼を言うと、店員は優しいことに店の電話を貸してくれた。無愛想な女性だと思っていたが、何とも気の利く人だと感心した。ありがとうございますともう一度お礼を言うと、中塚はニコリと笑う。それが意外と可愛くて驚いた。
太一は中塚から固定電話の受話器を受け取ると、自分のスマートフォンの番号を選び、最後に通話ボタンを押した。プルルルルとコール音が始まる。女性にナンパをするような気分になって、少しドキドキした。もしもあの時、あの少年が二人のスマートフォンを入れ替えていなかったら、こんな機会が訪れることはなかったであろう。そう思うと、彼がやったことは決して悪いことなどではないと思える。むしろ、感謝しても良いくらいだ。
だから少年よ、よくやった。これからももっとやってくれ。




