■ 梅田1・南 ■
新大阪から在来線に乗り換えて大阪駅で降りると、そこは東京駅に負けず劣らずの迷宮であった。いや、さすがに東京駅ほどの広さは無いかもしれないが、それでも都会であることには変わりない。早速道に迷いそうになって、和也はスマートフォンを取り出すが、それが自分のものではないことを思い出して愕然とした。どうしよう、道が調べられないじゃないか。
「えっと、確か貰った書類に地図が載ってたよな……」
鞄の中を探し、一枚の書類を見つける。今日仕事に赴く先までの道程を示した、簡素な地図。今はもはや、これ以外に頼れるものはない。どうしよう。とりあえず分かるのは、大阪駅の中央北口から出て御堂筋沿いに進めば辿り着くらしいということだけだ。あとは、近くに病院もあることくらいだろうか。ひとまずは、大阪駅の中央北口を目指すことにした。なかなか見つけられず、途中で人に訪ねながら何とか辿り着く。出てすぐ右手の方向に進むと大通りが見えてきて、おそらくそれが御堂筋と呼ばれる大通りなのだろうと確信する。後は病院近くのビルを見つければ良い。が、その期待は淡く打ち砕かれる。そこには、ビルしか無かった。どれが目的のビルかなんて分かるわけもなく、目印にするつもりだった病院すら見当たらない。
「まあ、そりゃあそうだよなあ……困ったなぁ、どっちに行けば良いのやら」
「なんや兄ちゃん、道迷っとんのか?」
途方に暮れていると、背後からそう声を掛けられ和也は振り向いた。スーツ姿の初老の男が、和也の方に歩み寄ってきている。
「そうなんです、大阪はほとんど来たことが無いので……」
よく行く東京でさえ道に迷うのだけれど、ということは伏せておくことにした。
「分かるかどうか分からへんけど、どこ目指しとんのや?」
「病院近くのビルなんですけど……どれがどれやら分からなくて」
「はぁ? お前本気で言うとんのか。そんなんで分かるわけ無いやろ。とりあえずその紙貸してみ。地図やろ、それ」
初老の男は苦笑いを浮かべながらそう言って、和也から地図を受け取る。
「あぁ、中津のとこの病院か。それやったらこの道をこのまま向こうにまっすぐ行ったら左手に見えてくるわ。途中道が立体交差いうか、真ん中だけ高架になるけど、そこで上に上らんと左側の道をそのまま真っすぐ行って、でっかい駐車場とかガソリンスタンドを通り過ぎたら、コンビニと病院の間に茶色いビルが見えてくるから、そこやな」
和也は、正直に言って感動した。初めこの通りに出てきた時、こんな簡素な地図で絶対に辿り着ける訳がないと思っていた。つまりは、こんな分かりづらい地図を用意した人間が悪いのだと。しかし、初老の男性の説明を聞き、考えを改めた。あんな地図でも、読める人が読めば辿り着けるものなのだ。つまりは、方向音痴な自分が悪いのである。スマートフォンの地図アプリのような、精密な地図であれば和也でも読めるので、自分は地図が読めると信じていたが、本当に地図が読めるというのはこういう人のことを言うのだろう。
「凄いですね……ありがとうございます」
「凄いですねて、当たり前や。何十年大阪住んでると思うてるねん」
男はそう言って笑い、じゃあなと言って立ち去った。そんな何の見返りも求めない純粋な優しさに、和也はさらに感動を覚える。大阪の人はなんとなく怖い印象を持っていたけれど、こんな優しい人もいるんだな。
せっかくの厚意を無駄にしないように、教えてもらった道を忘れる前に進んでいく。言われた方向に進むと、途中で通りの中央だけ高架になっており、その左側を進むと、確かに駐車場やガソリンスタンドが見えてきた。さらに歩いていると緑と白の看板が現れ、それが教えてもらったコンビニエンスストアであることを知る。すぐ隣に、茶色いビル。その向こうには通りを挟んで病院もある。間違いない。和也はそのビルの十五階まで上り、目的のオフィスを見つけることができた。
「あのすみません、私、今日十時にこちらにお伺いすることになっております、唯町支社の南野和也というものなんですけれども……」
「南野和也様ですね、伺っております、少々お待ちください」
受付に座っていた黒髪の女性に声を掛けると、彼女は笑顔で応対した。しばらくして、奥から恰幅の良い黒ひげの男性が現れた。
「南野くんやね、遠い所ご苦労様。疲れたやろ、日曜の朝から遥々来てもらってすまんな」
「いえ、大丈夫です、今日は午前中だけですし、午後はゆっくり観光でもさせて頂きます」
「あ、そや、申し遅れました。大阪本社の内村です」
内村はそう言って胸の内ポケットから名刺を取り出した。それを見て、和也は慌てて鞄から自分の名刺を探し出し内村に渡す。
「南野和也です、よろしくお願いします」
「よろしく。ほな、ちょっと奥で挨拶と明日の打ち合わせさせて貰おか」
「分かりました」
促されるがまま、廊下の奥にある会議室らしき部屋に通された。中には一人の女性がいて、和也たち二人を見るや否や席から立ち上がりペコリと頭を下げた。
「お待たせしました、こちら、関東の唯町から来た南野です」
「初めまして、南野和也です」
「初めまして、本州銀行大阪支部営業部長の角脇美穂と申します」
いかにもキャリアウーマンらしいその女性は、にこやかな笑顔とともにそう名乗った。




