■ 堅田1・東 ■
朝起きてつけたテレビはちょうどスポーツニュースをやっていて、阪神の開幕三連敗を告げていた。最悪の目覚めである。いきなり借金三からのスタートとはもうどうしようも無いくらい悔しくて腹立たしくて仕方がない。付けたばかりのテレビはさっさと消し、朋夏は服を着替えて部屋を出る。廊下でたまたますれ違った父親がニコニコと笑いながら今日は早いね、なんて言うのを軽く無視して居間に下りた。親は二人とも既に朝食を済ませたようで、母親が作ったご飯と味噌汁を適当に温めて頂いた。時計を見るとまだ九時を回ったくらいで、もう少しのんびり寝ていても良かったなと思った。もうすぐ春休みも終わり、大学生活(正確には、大学院生活ではあるが)最後の一年も始まってしまうのだ。就職活動もここ数ヶ月が正念場となってくる。社会人になってしまえば今ほど時間にゆとりがある生活もできなくなってしまうだろう。だからこそ、今のうちにのんびり遊んでおかなければならない。
「あら、朋夏早いんやね」
奥のキッチンから母が出てきていった。父親と同じことを言うので、夫婦生活も長くなると考えることが似てきてしまうものなのだろうかと思った。
「なんか、目が覚めてもうて」
味噌汁を啜りながら、朋夏は答えた。
「なんや、デート行くわけとちゃうんか? ガイヤくんやっけ?」
「ガイヤちゃう、ソトノ。野球でセンター守ってたからって苗字までガイヤな訳ないやん」
朋夏がツッコミを入れると、母親は満足したようにケラケラ笑っていた。不意にガチャリと扉が開く音がして、見ると青ざめた顔をした父親が居間の入り口の扉の所に立っていた。
「ガイヤくんって誰や、朋夏、彼氏がおったんか? 父さん、聞いてへんで?」
「だからガイヤとちゃう言うてるやん」
少し苛立ちながら朋夏は言った。
「まぁ、朋夏が選んだ人やったら別にガイヤでもナイヤでも構わへんけどやな、でもせっかくやったらトウシュの方がえーんちゃうかなって父さん思うわけよ」
朋夏は深く溜め息を吐いた。大阪出身の両親はやたらとボケることが多く、朋夏はいつもツッコミに追われていた。大阪出身と間違われるほどの朋夏の関西弁も、きっとこの二人の子供だからこそ培われてきたものに違いない。
「別に、全然おもろないから」
真顔で答える朋夏の横で、母親はケラケラと笑っている。
「ごちそうさま、ちょっと出かけてくる」
これ以上ここにいると外野との関係を根掘り葉掘り聞かれることになりそうなので、朋夏は早々に引き上げることにした。別にもう結婚が見えているような相手なら良いが、正直な所ここ最近の関係はうまく言っているとはとても言えなかった。むしろ、例えば今何処で何をしているのか全てを把握しようとするような少しストーカーまがいな連絡が来ることも多く、そろそろ別れた方が良いのではないかとさえ思っていた。院に入る前の学部生の時、体育会の野球部に属していた彼は一際格好良く見えたけれど、それは一時の幻でしかなかったようである。
「なんや、デートか?」
「ちゃうよ、買い物行くだけ。京都行ってくる」
二人にそう言い残して、朋夏はそそくさと家を後にした。京都へ行く主な目的は入れ替わったスマートフォンを交換することにある。そういえば名前が分からないが、新宿でぶつかった彼と会うのは、彼の仕事が終わってから連絡があるということであり、少なくとも昼は回るだろうと考えていたが、せっかく京都まで出るのであれば早めに行って買い物でもしていればいい具合の時間になるはずだ。落ち合う場所は決めていなかったが、大阪から京都に出てくるのであれば多くの場合は四条河原町周辺か京都駅周辺に出てくることになるであろうから、いずれも二十分もあれば行き来できるので、ひとまず京都一の繁華街である四条河原町界隈で時間を潰していれば大丈夫だろう。
家を出て少し歩くと、すぐ目の前には青々とした琵琶湖が広がる。左手の奥の方には大きな橋が掛かっていて、そこを何台もの車が往来していた。大学生になってからは京都で一人暮らしを始めていたこともあり、久々の実家からみる景色が昔から何も変わらないことに安堵する。東京なんかと比べたらビックリするくらいに長閑な田舎町かもしれない。それでも、東京にはない何かがここにはあった。
晴れ渡る空と湖の青さを横目に、朋夏は最寄りの駅を目指し歩みを進めた。




