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■ 熊本1・北 ■

 太一を乗せた飛行機が熊本空港に到着したのは、二十時を回る少し前であった。グルグルと回るベルトコンベアに運ばれた荷物を背負い足早に外へ出ると、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。スマートフォンの電源を入れる。そこにはやはり見覚えのない海の写真が表示された。何か不具合が起こり、たまたま知らない写真がロック画面になってしまったという展開に期待して、自分のロック番号を入力するも解除されず項垂れた。そもそも、パスワードに関しては羽田空港から離陸する直前にも試しているのだ。それが入力ミスしただけであった可能性にも賭けたのだが、やはりスマートフォンが東京駅で出会った女性のものと入れ替わってしまったと考えるのが妥当だろう。今になって思うと、あのカフェで二人のスマートフォンを入れ替えた少年はとんでもないことをしてくれた。あの時は笑って許したが、もっと叱っておくべきだったかもしれない。いや、そんなことをしてもスマートフォンの入れ替わりに気付いていなければ同じ結末を辿っていた訳なのだが。それに、母親に叱られて涙目になっていた彼を思い出すと、流石にそれは大人気なさ過ぎる。

 いずれにしても、入れ替わってしまったものは仕方がない。なんとかするには、まずスマートフォンの停止をお願いするために携帯ショップへ行かなくてはならない。ここから近くで考えると光の森に行けば携帯ショップはありそうだ。しかし、空港前のバス乗り場から行ける行き先を調べてみると、概ね市街地である交通センター行きか、さらに先の熊本駅まで行けるバスがほとんどで直接光の森まで行けるバスは無いようだ。

「仕方ない、とりあえず街まで出るか……」

 バスが来るまで少し時間があったため、近くの自販機で適当に缶のホットミルクティーを購入し飲みながらバスを待った。ようやくやってきたバスに乗り込み、熊本市一番の繁華街である通町筋に着いた頃には二十時半を回っていた。百貨店の前にあるバス停で降り、下通りとローマ字で書かれたアーケードに入るとすぐ右手に目的の携帯ショップが見えてくる。しかし、店のシャッターは降りていて今日の営業が既に終わっていることを知った。どうやら二十時で閉店であったらしい。

「嘘だろ……ついてねぇ、マジで」

 天を仰ぐように上を見ると、アーケードの天井から下がった吊り広告に、デカデカと黒い熊のキャラクターが描かれていて、太一のことを嘲笑うかのように見下ろしていた。

 仕方がない。どうしようもないのでひとまず今日のところは諦めて、近所で夕ご飯を食べて帰ることにしよう。さて、そうなると何処でご飯を食べようか。熊本の市街地には大きなアーケードが三つあり、うち二つは通称「電車通り」と呼ばれる市電が走る大通りを挟んで北と南に伸びるアーケードで、名前はそのまま北に伸びるのは上通り、南に伸びるのは下通りと呼ばれていた。どちらかと言うと下通りの方が拓けていて、太一が友達等と遊びに来る場合は大抵下通りに足を伸ばす事が多かった。だから、今日は敢えて上通りで何か夕食を食べようと思い、電車通りのスクランブル交差点を渡り上通りアーケードへと入っていく。そういえば、日本で初めて導入されたスクランブル交差点は太一が通う大学のすぐ近くにあるものらしく、自動車学校の教官が自慢気に語っていたのを覚えている。別にその教官が作った訳では無いのになんでこんなドヤ顔を浮かべているのだろうと不思議に思いながらその時は話半分に聞いていたが、東京という大都会の本物のスクランブル交差点とその人の多さを目の当たりにすると、熊本はなんてちっぽけな街なのだろうと思ってしまう。これでも熊本は九州では第二の都市ではあるのだけれど、流石に東京と比べれば何処だってちっぽけに感じるものなのかもしれない。

 アーケードをしばらく歩いていると、本屋の手前の道の隙間からふと熊本城が見えて歩みを止めた。ライトアップされたその城は、一年前の地震の影響もあってまだ痛々しさを残している。未だに内部に入ることはできないどころか、復旧するまではあと二十年は掛かるとも言われている。武者返しと呼ばれる立派な石垣は、侵入者を拒む絶妙な積み方をされていただけに、それを正確に再現することはなかなかに困難なことであるらしい。そんなまだ傷跡の残る熊本城をこうやってライトアップして見せているのは、きっと熊本市民、いや県民の多くが熊本城を誇りに思っているからなのだろう。遠出をして戻ってきた時に、帰ってきたなと実感するきっかけは人それぞれだろうけれど、太一にとってのそれは熊本城を見た時に違いなかった。

「ただいま」

 小さくそう呟いて、太一はまた前を向く。熊本のことを考えていたら、何か熊本の食べ物を食べたくなってきたな。確かアーケードの裏手に、比較的安い値段で食べられるラーメン屋があったはずだ。熊本のとんこつラーメンは、個人的には福岡の物よりクセが少なくてずっと美味しいと思っている。もうすぐ二十一時になろうという時間ではあるが、ラーメン屋なら今の時間でもまだ開いているだろう。よし、決めた。そうしよう。

 熊本城に背を向けて、太一は空腹を満たすため路地裏へと入っていった。

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