表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

■ 東京8・南 ■

 東京駅で麻衣子と合流した和也は、八重洲の地下改札口から出てまるで迷宮のような地下街を歩き回った。東京駅の地下はここだけで日常生活が送れるのではないかというほどに広く、飲食店も数え切れないほどたくさんの数がある。

「ここだけでも色々とお店があるね。どうする、駅から外に出る?」

 和也が尋ねると、麻衣子は少し考えを巡らせてから首を横に振った。

「大丈夫。この後、新幹線に乗らないといけないから、駅中の方が良いかな」

「じゃあこの辺のお店で食べようか。何が食べたい?」

「んー、なんでも良いよ」

「そうか、そいつは困った」

 和也がそう言って笑うと、麻衣子も笑った。二人でキャリーバッグを転がしながら東京駅の地下を歩き回る。

「この辺だと、串あげに沖縄料理、たこ焼き、あっちは和風パスタの店か」

「たこ焼きは、ちょっと食べたいけどあんまり晩ご飯って感じはしないかな」

「そうだね、じゃあ串あげは? あ、あっちに地鶏のお店もあるね」

「それなら地鶏が良いかも。美味しそう!」

「そしたら、決まりだね」

 店に入ると、幸いにもまだ空席が少しだけあるらしく、思いの外すぐに席につくことができた。テーブルの横に邪魔にならないようキャリーバッグを仲良く二つ並べて椅子に座ると、程なくしておしぼりを持ってきた店員が注文を聞きに来た。

「俺は、生を」

「じゃあ、私も」

 かしこまりました、と軽くお辞儀をして、店員は立ち去っていく。

「ビール、飲むんだね」

 てっきり酎ハイかカクテルか、そういった少し甘めのお酒を注文すると思っていたので、和也は少し面食らってそう尋ねた。和也と同じ職場の女の子は、強要された時以外はほとんどビールを飲まなかったからだ。

「学生の時は何この苦くてマズい汁は、なんて思って全然飲めなかったけど、仕事で仕方なく飲むようになったら、だんだん飲めるようになって」

 彼女は少し恥ずかしそうに微笑みながらそう答えた。

「まあ、ビールってそんなもんだよね、きっと。初めて飲んだ時からビールを美味しいと感じた人っているのかな」

「あ、ってことは南野くんもそうだったんだ」

「うーん、そうだね。もはや、いつからビールを美味しいと感じるようになったのか全く覚えてないけどね」

 不意に、先程の店員が二人のテーブルに戻ってきたので、会話は中断された。

「たいへんお待たせいたしました、生ビールお二つでございます」

「ありがとうございます。はい、こっち、南野くんの」

 ジョッキ二つを受け取った麻衣子は、一つを和也に手渡した。和也はそれを受け取ってありがとうとお礼を返す。

「それじゃあ、久々の再会を祝して、乾杯と参りましょう」

 麻衣子の言葉に、和也もビールを片手で持ち直す。賑やかな店内に、ガラスがキンとぶつかりあう音が小さく響いた。

「乾杯!」

「かんぱーい! んー、良いのどごしだね。美味しい」

 和也は頷いた。

「疲れた日にはビールが一番だよね。なんて言っちゃうと、俺も歳とったなって思うよ」

「歳をとったって、大人になっただけでしょ」

「どうだろうね。そんなに大人になれた気なんて全くしないけど」

「分かる。私が小学生とか中学生くらいの時って、二十五歳はもっと大人だと思ってた」

 溜め息を吐いて首を左右に振りながら、麻衣子が言った。和也も、彼女の言い分はよく分かった。十代の頃は、二十代になれば心も体も大人に成長して、なんでもできるようになるのだと漠然と考えていた。しかしながら、実際はそうでもなくて、分からないこと、できないことなんて山ほどあったし、急な仕事に戸惑って慌てふためくことだって珍しくなかった。今の和也の目から見れば、三十代の働き盛りの先輩たちは凄く頼りがいがあり大人びて見えるけれど、それもやはりなってみると意外とそうでも無いのかもしれないな。

「あー、そうだ。私、南野くんに謝らないといけないことがあるんだ」

 不意に、頭を抱えるように額に右手を当てながら、麻衣子がそう切り出した。

「どうかしたの?」

 麻衣子は言いづらそうに口を噤み、しばしの沈黙が起こった。周囲のガヤガヤとした声だけが耳に入ってくる。和也は誤魔化すようにジョッキのビールを口にした。

「お待たせ致しました、こちらお通しでございます」

 和物の小鉢を持ってきた店員が注文は無いかと尋ねるので、メニューから適当に枝豆や地鶏の炭火焼きなどを注文する。かしこまりましたと言って、店員が去っていったと同時に麻衣子は深々と頭を下げた。

「どうしたの?」

「わざとじゃないんだけど……えっと、南野くんって、恋人、居るんだよね?」

「……は?」

 突然の質問に驚いて、和也は聞き返す。なんだって、恋人?

「なんで、どういうこと?」

「ほんとにごめん。わざとじゃないんだけどさ、さっき、南野くんのスマホに電話が掛かってきて、多分、『彼氏』さんなのかなぁって、そう思ったんだけど」

 飲み干そうとしていたビールを、和也は思わず噴き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ