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■ 東京7・西 ■

 電話で和也に対し東京駅ならいくらでも時間を潰せると豪語した麻衣子であったが、和也が到着するまでの間は非常に退屈であった。いや、退屈というのは正確ではない。本屋に行ったり売店を覗いたり色々試みたのだが、これから和也に会えるという昂った気持ちが邪魔をして何事にも集中ができず、チラリと時計を見てはまださっきから数分しか経っていないということを繰り返すばかりであった。そのためか妙に気がすり減って体力が減り、休憩のためさっきとは別のカフェに入ることにした。一日にコーヒーを何倍も飲むのもどうかと思い、今度はミルクティーを注文する。カップに注がれた紅茶とコーヒーフレッシュ、スティックシュガーを受け取り、転がしていたキャリーバックとそれぞれを何とか両手で持って空いている席を探した。混雑しているものの一人分のスペースをどうにか見つけると、椅子の後ろにキャリーバックを置いて腰を下ろす。

 左手に巻いた腕時計を確認するが、待ち合わせの時間まではまだ一時間近くあった。もどかしい。早く会いたい。落ち着かない。長年片思いをし続けてきた男性にこれから会えるのだという高揚感と、ひょっとすると会えるのは人生で今日が最後となるかもしれないことによる緊張感と、「パンドラの箱」を早く手放してしまいたいという焦燥感とが複雑に入り混じって、何をして時間を潰そうにも全く気が入らないのであった。それでもやはりその中で一番強いのは高揚感であって、早く待ち合わせの時間にならないかと願いながら、カップに注がれた紅茶を啜る。まだコーヒーフレッシュを投入しておらず、ただのストレートティーでしかないことに気付いて、コーヒーフレッシュの蓋を開けた。紅茶なのにコーヒーフレッシュとは、一体どういうことなのだろう。一瞬、そんなどうでも良いことが気になったが、すぐに和也のことを思い出し忘れてしまった。

 和也は、麻衣子と会ったらどんな表情をしてくれるだろうか。笑ってくれるだろうか。それとも今日一日かなりの移動を強いられたことで、疲れた表情を浮かべるだろうか。きっと、後者なんだろうな。昼過ぎに篠山駅での別れ際、決して麻衣子の方を振り返ってくれなかった和也のことを思い出して、麻衣子はそう思った。それでも、別に良い。もしも麻衣子が逆の立場だったら、きっとヘトヘトで、和也を前にしてもうまく笑える自信はないから。それでも、好きな人の前では可愛く笑顔を浮かべたいな。だから緊張ですり減っていく体力を気にしつつ、できるだけここで時間を潰して、疲れが顔に出ないように気を付けよう。

 和也と会った時のことをあれやこれやと考え、頭の中でシミュレーションしてみては腕時計で時間を確認するという動作を何十回か繰り返し、ようやく待ち合わせの時間が近付いた。あと十五分。そろそろ移動しよう。

 空になったカップやコーヒーフレッシュの殻を片付けて、麻衣子は店を出た。地下一階のカフェから銀の鈴と呼ばれる待ち合わせ場所まではすぐで、そこには麻衣子と同じように誰かを待っている大勢の人たちがいた。高校の制服を着た複数の男女や、スーツ姿のサラリーマン。私服の大学生くらいの男の子たち。その中に和也の姿を探すが見つからず、どうやらまだ着いていないらしいことが分かったので、麻衣子はそこに佇む彼らと同じように歩みを止めた。腕時計を確認する。十九時まではまだあと十数分残されている。もちろん和也が十九時きっかりに来る訳ではないだろうけれど、まだまだ時間があるな。なんて思っていたので、油断した。トントンと肩を叩かれ振り返ると、そこにはスーツ姿の和也の姿があった。思わず口から飛び出しそうになる心臓を必死で飲み込む。

「ごめんごめん、ビックリさせた? おまたせしました」

 満面の笑みで和也が言って、麻衣子はまたドキリとする。あぁ、先に私が疲れた和也君を可愛い笑顔で迎え入れるはずだったのに。先手を取られてしまい、少し落ち込む。それと同時に、疲れているはずなのに、麻衣子に笑顔を向けてくれる和也の優しさが堪らなく嬉しかった。

「ううん、大丈夫。本当に、私も今来たところだから」

 そう言って、なんとか笑みを作る。ドキドキが強すぎて、上手く笑えている自信はない。やっぱり、失敗した。自分で自分が嫌になる。しかし、そんな麻衣子を見て和也は再び微笑みかけてくれた。

「いやいや、さっき電話くれてから二時間位待たせたでしょ。本当、ごめんね」

 あぁ、やっぱりこの人は優しい人だ。だから私は、堪らなくこの人が好きなんだ。

「ううん、バッチシ時間潰せたから大丈夫。やっぱり、東京は都会だね」

 嘘を吐いた。でも、今度は自然に笑顔を向けられた気がして、ちょっとほっとする。

「そっか。それなら良かった。あ、えっと、はい。これ、西島さんのスマートフォン」

 手に持っていた鞄の奥から、麻衣子の水色のスマートフォンを探し出し、手渡された。今ここで、和也と会うことができたきっかけが、早速なくなろうとしてしまっている。彼のスマートフォンを返してしまったら、もう彼と一緒にいる口実がなくなってしまう。だから、自分からスマートフォンを交換しようと和也に連絡をとったくせに、今更になって返したくないと思ってしまう。でも、応じないわけにはいかない。彼との再会も、こんな短い時間で終わってしまう。なんとか、なんとか彼を留める方法はないだろうか。

 彼のスマートフォンを鞄の中から探すフリをして、必死に考えを巡らせる。今は、十九時という時間帯。そんな時間から、彼と二人で少しでも長い時間を過ごす方法。もちろん、すぐに思いつく口実は、ひとつ。

「ごめんね、私が余計なことしたばっかりに。はい、これ、南野くんの」

「あっと、うん、ありがとう」

 二人のスマートフォンが交換される。二人を繋ぎ止めていたものがなくなってしまう。だから、言わなければ。まだ一緒にいたいって。もう少し、二人でいようって。

「ねぇ、あのさ」

 ん、どうしたのと彼が表情で答える。今日一番の心臓の高鳴りが、麻衣子の声を震わせた。やだな、格好悪い。神様、お願い。今だけ私に勇気をください。

「私ちょっと、お腹すいてきちゃってさ」

 なんとかそこまで言うと、和也は察したように頷いてくれた。それが、麻衣子の勇気を後押しする。

「ご飯食べてから福島に向かおうかと思ってるんだけど……南野くんもどうかな」

 別に恋心なんてなければ、幼馴染の知り合い同士なら、それはごくごく普通の言葉だったのかもしれない。それでも、彼を思う気持ちが邪魔をして、たったそれだけの言葉に異常なまでの体力が削り取られたような気がした。だって、たとえどんなに真っ当な理由があったとしても、仕方がない事情があったとしても、断られたら傷付いてしまうから。

 だから、その直後に笑顔で答えてくれた和也の言葉が、麻衣子はもう今日死んでしまっても構わないくらいに嬉しかった。

「良いね。せっかくだから、飲みにでも行こうか」

 今日しかない。麻衣子は思った。今日以外にこんなチャンスは二度と巡ってこないだろう。そうでなければ、絶対に後悔してしまう。だから、今日、彼に告白をしよう。好きだという思いを伝えよう。この気持ちを胸の中に秘めたまま、彼と離ればなれになるのは嫌だから。思わず零れそうになる涙を必死で抑えながら、麻衣子はそう心に決めた。

現在所有しているスマートフォン

南野和也→北 東山朋夏→南 西島麻衣子→西 北本太一→東


※記号の意味は、「※ 前書き ※」を参照ください。

※入れ替わりが発覚するまではネタバレ要素になってしまうため、

  全話に記載している訳ではありません。

※入れ替わりが発覚する度に、あるいは必要に応じて記載していきます。

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