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■ 唯町3・南 ■

 通話を切ると、和也はフゥと小さく息を吐いた。スマートフォンの落とし主が滋賀県にいるというのには参ったが、不幸中の幸いで明日関西へ出張があって良かった。会社の無茶な仕事の割り振りもたまには役に立つものである。いや、だからといってこんな急な出張がやたらめったらあると困るのだけれど。正直、今回限りにして欲しいものである。そんなことを考えていると、不意に鞄の中からブブブとバイブ音が聞こえてきた。おそらくスマートフォンの着信だろう。鞄を開けて取り出すと、画面には公衆電話、と表示されていた。滋賀県に住む彼女からの電話だろうと直感で思った。何か言い忘れていたことでもあったのだろうか。あまり深くは考えずに、和也は電話に応じた。

「もしもし、どうかしました?」

「もしもし? あれ、南野くん、だよね?」

 不意に名前を言われ、ドキリとする。どうして自分の名前を知っているのだろう。疑問に思っていると、すぐにその答えが帰ってきた。

「私です、西島麻衣子です」

 西島麻衣子──先程、篠山駅で偶然あった幼馴染の女性である。あれ、今手元にあるのは新宿五丁目東交差点ですれ違ったあの女性のものでは無かったのか。どうして、彼女の電話番号を麻衣子が知っているのだろう。もしかして、知り合い? いや、しかし電話に応じてすぐに和也と分かったのだから、電話に和也が応じることを分かった上で掛けてきたのだろう。ひょっとすると、新宿で会った彼女と麻衣子がタッグを組んだ壮大なドッキリなのかもしれない。

「え、なんて? ドッキリじゃないよ、何の話?」

 笑いながら麻衣子がそう言うので、また独り言を口に出していたことに気付く。いい加減治らないかな、この癖。

「ごめん、何でもないよ。てか、なんでこのスマホの番号知ってるの?」

「え?もしかして気付いてなかった? スマホが入れ替わってるみたいなの」

 まさかと思ったが、思い当たる節はあった。篠山駅で、和也の持っていたスマートフォンと麻衣子のスマートフォンとが同じ機種だと言って彼女に手渡した、あの時だ。あの時に二人のスマートフォンが入れ替わったのだ。

「マジか、全然気付かなかった。仕事でバタバタしてたから」

 実際の所、他人のスマートフォンを弄るのは良くないと思い触れてもいなかったから気付かなかったというのもあるのだが、ひとまずその説明は置いておくことにした。

「あぁ、南野くん、忙しそうだったからね」

 麻衣子は納得したようにそう言った。

「だからさ、スマホ交換しなきゃって思ったんだけど……でも、南野くん、忙しいよね?」

「うーん、あ、そうだ。西島さんは、今何処にいるの? もう、福島に向かってる?」

「ううん、まだ東京だけど」

「ならちょうど良かった。明日朝から大阪で仕事だから、今日のうちに東京に出て宿を取ろうと思ってたんだよ。今から向かうから、東京で待ってて貰えたりするかな?」

 和也が尋ねると、麻衣子は嬉しそうにもちろん、と答えた。

「あ、でも、新幹線の時間は大丈夫?」

「自由席で取ってるから、今日中に新幹線に乗れば大丈夫だよ」

 麻衣子の返事に、和也は安堵する。良かった。危うく、麻衣子のスマートフォンを持って大阪へ向かい、明日出会う滋賀県の彼女にどうなってるの、と問い詰められる所であった。いや、彼女は関西人だから、どうなっとんねん、か。

「そしたら、私、適当に時間潰して待ってるね」

「うん、着いたら連絡……」

 できないじゃないか。和也は気付く。今、麻衣子が持っているスマートフォンは和也の物では無いのだ。連絡を取る手段が無い。

「いやごめん、えっと、東京駅の鈴のとこ分かる?」

 八重洲口改札のすぐ近くにある、銀の鈴と呼ばれる待ち合わせ場所を思い出しながら和也は尋ねた。連絡手段が無いなら、待ち合わせ場所を決めて会わなければならない。

「あ、うん、多分分かるよ。改札口の所だよね? 何度か待ち合わせしたことある」

「良かった。そこに十九時待ち合わせでも良いかな?」

 時計を確認しながら、おそらくそれくらいには辿り着けることを予想して時間を指定する。なんだか携帯電話がまだ無かった頃の待ち合わせを体験しているようで、少しドキドキした。

「分かった、十九時だね」

「うん、かなり待たせちゃうけど。あ、でもそうか、銀の鈴って改札内だったよね? 待つなら改札の外の方が良いか……」

「大丈夫だよ、唯町と違ってここは東京だから。改札内でもお店はいっぱいあるし、いくらだって時間は潰せるよ」

 自信満々に麻衣子が言うので、和也は思わず笑った。

「そっか……じゃあ、ごめんけどそういうことでよろしくお願いします」

「はーい、分かりました!」

 嬉しそうに麻衣子は言って、通話は切れた。まさか二度もスマートフォンが入れ替わってしまうなんて。これ以上入れ替わらないように、気を付けないといけないな。そう思い、麻衣子のスマートフォンを失くさないように仕事用の鞄の一番奥に押し込むと、着替えやスーツを押し込んだキャリーバッグを引き摺り、家を後にした。

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