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■ 京都1・東 ■

「京都、京都です。京都、京都です」

 ホームに降り立つと、独特なリズムでアナウンスが流れる。朋夏は滋賀県の出身だが、遠出をする時は京都駅から新幹線を使っていたので、これを聞く度に帰ってきたという実感が湧いた。県内にも米原駅という新幹線の駅があるのだが、朋夏の住んでいる湖西地域からは直接行くことができず、乗り換えるにしても結局は京都市内の山科駅まで出てくる必要があった。それならば山科から各駅停車で一駅の京都駅まで出て来る方が断然早く、しかもほとんどこだましか停車しないため、米原駅を使うことはゼロと言っても過言ではなかった。

 ボストンバッグを肩に掛け直しエスカレーターで改札階に降りる。両サイドに土産屋が並ぶ広いフロアを横切り在来線との乗り継ぎ改札を目指す。特急券と乗車券の二枚を通し改札を抜け、奈良線のホームを横目に階段を上り三番乗り場を目指す。東京ほどではないが人の多さに辟易しながら進んでいると、ポケットの中でスマートフォンが振動した。

 歩いていたため、一瞬気のせいかとも思ったが、手で探ると確かに通話がきていて、しかも画面には見覚えのある番号が表示されていた。先程から何度か履歴に残っていた電話番号である。朋夏は慌てて通路の端に寄って通話ボタンを押した。

「もしもし?」

「あ、もしもし?」

 相手の声は、男性のものである。これはひょっとして、このスマートフォンの落とし主かもしれない。朋夏の胸は期待で膨らんだ。

「すみません、多分なんですけど、お昼頃に新宿でスマホ入れ替わりませんでしたかね?」

 男性が申し訳なさそうにそう言ったのを聞いて、朋夏は思わず心の中で「ビンゴ!」と叫んだ。

「はい、入れ替わってます! 私も困ってたんですよ……」

「そうですよねぇ、僕も困ってまして」

 良かった。これでスマートフォンを交換できる。しかし、そう思ったのは数秒だけのことだった。なぜなら朋夏は今、東京にはおらず、遠く離れた京都にいるのだ。いくらなんでも今から東京まで帰るのは骨が折れるし、かといって京都、もとい滋賀まで来て貰うのも気が引ける。郵送で交換することもできるかもしれないが、それでも数日が掛かってしまう。朋夏のスマートフォンを持っている人物と連絡が取れたのは良いが、ここからが大問題であることに今更になって気付く。

「ただですね、僕今東京にいなくて、これから仕事の関係で東京に出るので、もし良かったらその時にスマートフォンを交換できたらと思うのですが……」

 そんな事情を知らない男性は、朋夏にそう提案した。無理もない、新宿の交差点ですれ違ったのだから、朋夏が東京の人物だと思いこんでいても仕方がない。現に、朋夏だって彼が東京の人間ではないことを今知ったばかりなのだ。だから、正直にそのことを告げる。

「すみません、実は私も東京の人間ではなくて、今は東京にいないんですよ……」

「えぇ、そうなんですか? どうしよう、困ったなぁ……」

 予想外の返答に男性は驚いてそう答える。しばらく困ったように考え込んでいたが、すぐに、どちらにいますかと尋ねられた。

「滋賀県です。今は、京都駅にいますが……」

「滋賀? ってことは関西ですか……あ、それならちょうど良かった!」

 男性の喜んだような声に朋夏は驚いた。ちょうど良かったってどういうことやねん。

「実は、明日から大阪で仕事があるんで、ちょうど関西に行くんですよ」

「え、そうなんですか?」

 なるほど、そういうことか。たしかにそれはちょうど良い。でも、明日は日曜日なのに仕事だなんて、大変な人もいるんだなと少し同情する。よくよく考えると今日だって土曜日なのに彼は働いていたのだ。もしかすると平日に休みがあるのかもしれないが、いずれにしても東京ではないところから新宿まで仕事に行き、明日は大阪だなんて。きっと、彼が努めているのは最近テレビでも話題のブラック企業なのだろう。もうすぐ就活が控えている朋夏は、絶対土日は休みの会社に努めようと心に決めた。そうでないと、今日みたいな阪神戦のデイゲームで応援に行けなくなってしまう。

「明日の、しかも仕事が終わるまで交換できませんけど、それでも大丈夫ですか?」

 おそるおそる彼が尋ねるので、朋夏は首を振った。電話越しで相手には見えないので意味はない行動なのだが、日本人らしい癖でついつい動きが出てしまう。

「とんでもないです、ついでとは言ってもわざわざこっちまで来て頂けるのに、そんな贅沢なこと言えませんよ。むしろ、日曜日なのにお仕事お疲れ様です」

 朋夏がペコリと小さく頭を下げると、男性は恥ずかしそうに笑った。

「仕事と言っても、明日は挨拶と打ち合わせだけなので午前中で終わるんですけどね。本番は明後日ですから」

「いえ、それでもお疲れ様です」

「ありがとうございます。えっと、滋賀県ってことは京都までならすぐ出て来られたりしますか? それとも福井とか岐阜寄りだったりしますかね……」

 彼は不安そうにそう答えた。関西の人間ではないのに、よく都市の位置関係を知っているのだなと感心する。旅行が好きなのかもしれない。でも、福井や岐阜寄りだったら京都駅より米原駅の方が近いので、だから今京都駅にいるのだということまではどうやら分からないらしい。

「いえ、大津市内なので京都ならすぐですよ。と言っても、大津の中では遠い方なので、三十分くらいはかかりますが」

「そうですか……大阪から京都も確かそれくらいでしたかね? それでしたらすみませんが、明日は京都まで来て貰えたりしますか?」

「大丈夫ですよ」

「すみません。そしたら、また明日仕事が終わったら、こちらから連絡しますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 朋夏はやはり小さく頭を下げて、お互いにお礼を言った後、通話を切った。良かった、面倒なことに巻き込まれてしまったが、これでスマートフォンを取り戻せる。安心したら、急に気持ちが落ち着いてきた。今なら目の前にマッテンローが姿を表しても、許してあげられそうだ。

 朋夏は手にしていたスマートフォンをポケットの中に押し込むと、再び歩みを進め湖西線の電車が止まるホームに降り立った。しばらくしてホームに滑り込んだ近江今津行きの各駅停車に乗り込み、朋夏は京都駅を後にした。

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