■ 浅草1・北 ■
初めて訪れた浅草寺は、想像以上の人で賑わっていた。通りに面した有名な雷門を写真に収めようとスマートフォンを取り出すも、写真の大半に大勢の観光客が写り込んでしまいあまり良い写真にはならなかった。何枚か挑んでみたもののなかなか上手くはいかず、諦めてスマートフォンをショルダーバッグに片付ける。ふと周囲を見渡すと、大勢の人たちが太一と同じようにスマートフォンやデジタルカメラを持ってパシャパシャと撮影に勤しんでいた。中には自撮り棒を振り回して撮影している観光客もいて、黄色のセーターにピンクのコートとド派手な格好をしたおばちゃんは怪訝な顔で彼らの方を見ている。また、春休みだからか太一と同い年くらいの比較的若い人も多くみられた。できるだけ彼らのカメラに写らないようにと体をくねらせながら人混みを掻き分けて進む。ようやく雷門の真下まで辿り着いて、予想以上に大きな提灯に驚いた。これは後々調べて知ったことなのだが、近くで見ると迫力があるその提灯の重さは七百キログラムもあるらしく、提灯を下げている紐か何かがブチリと千切れて下敷きになっていたらと思うとゾッとした。左右には風神と雷神がいて、おそろしい形相で太一を睨んでいた。仏像の類が苦手な太一は決して目を合わせないよう最善の注意を払いながら門を潜り中に入る。ここへ来た一番の目的は雷門を見たかったからであって、彼らはお呼びではなかった。参道に入ると両脇には商店がいくつも並んでいて、人の間を縫うようにそのまま真っ直ぐ進むと、またもうひとつの門があった。中央には先程より一回りほど小さい「小舟町」と書かれた提灯があって、左右にはやはり赤々とした仏像がこちらを見ていた。悪いことはしませんから許してくださいと心の中で謝って、急いで門を潜り抜ける。すぐ目の前には本堂がデンと建っていて、その少し手前からは黙々と煙があがっていて、そこに人だかりができていた。とりあえずはその煙が上がっている方に近付いてみると、線香の懐かしい匂いがした。ふと、体の悪い所に浅草寺の煙をつけると良くなるという謂れがあったことを思い出し、しばらく考えてから頭にワシャワシャと塗るように煙をつけてみた。一年後に国家試験を控えていたので、頭が良くなればと思ってのことだったが、隣で前髪の生え際がずいぶんと後退してしまった四十歳くらいのおじさんが太一と全く同じ動作をしていたのを見て、少し恥ずかしくなってその場を離れた。本堂に近付くと、そこにもやはり赤い大きな提灯が下がっていた。「志ん橋」と書かれたそれは、雷門の提灯よりも一回り大きいかもしれない。スマートフォンを取り出してパシャリと撮影してから、お賽銭を投げ入れる。神頼み、いや、お寺だから仏頼みと言うのだろうか、ご利益に期待する訳ではないのだが、来年無事に試験に合格しますようにと願掛けをしてから後ろを振り返ると沢山の人が順番待ちをしていて、太一は慌てて場所を譲った。グルリと境内を一周して帰ろうかと思ったが、再び取り出したスマートフォンが案外良い時間を示していた。ゆっくり見て回る時間もあるにはあるが、ここまで結構歩き回っていたこともあり、少し休憩したい気持ちもある。仕方がない、そろそろ東京駅に戻ることにしよう。東京駅まで戻って、適当なカフェでコーヒーでも飲むことにしよう。おそらく十五分くらいは時間があるだろう。そう考えを巡らせながらそのまま本堂前の香炉まで戻ってくると、先程のおじさんが煙を浴びながらまだ頭を撫でていて、太一は思わず苦笑いを浮かべた。