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プロローグ

 蒸気で結露した窓に少女はおでこを当て、外の冷たい空気が身体に入ってくるのを確かに感じていた。

石油ストーブの上に置かれたやかんからは絶えず湯気を吐き出す微かな音が聞こえている。

 少女は外を眺めながら一番の友達のことを思い出していた。

(マリちゃん寒くないかな。おうちの中に居ればいいな)

 ちらちらと粉雪が降り始めている。今年何度目かの白い結晶は、地面をひっそりと音もなく湿らしていた。

(ここはちょっと暑いかな、お父さんに言わなくちゃ)

シャッターが閉められた工場の窓際で外を眺めていた少女は、ひんやりとした窓からおでこを離し、隣の部屋にいる父、肇の元へ向かった。

「お父さん!」

小さな炊事場で鍋の中身をかき混ぜていた肇は、白髪混じりの眉を少し下げて振り向く。

「お部屋ちょっと暑い」

混ぜていた手を止めコンロの火を消す。

「そうか。お雑煮食べるともっと暑くなるな。少し火を弱めようね」

「うん」

骨ばった大きな手を少女の頭に乗せ、隣の部屋のストーブの火をなれた手つきで弱める。

「そしてちょっと窓も開けようか」

「うん」

立て付けの悪いガラス窓を開けると、一気に凍てつく冷気が流れ込む。

街灯がひとつ、木々の間にひっそりと立っているだけで、あとは冬の夜の澄みきった紺青の世界。

「あ、流れ星」

少女が指で差した先には金平糖を散りばめたような星空が広がっていた。

「残念、お父さん見えなかったなあ」

「ユキちゃん流れ星にお願いごとできたよ」

「どんなお願いごと?」

「マリちゃんと、ほんとうのお友達になれますようにって」

「そうか。お父さんもお願いしたかったな」

「どんな?」

「ユキちゃんとマリちゃんがほんとうのお友達になれますようにって。きっとお星様ユキちゃんのお願い事きいてくれるよ」

そう言って肇は窓を閉めた。

 そうして空気を入れ替えた後、肇は再び鍋を温め、少女、ユキの待つちゃぶ台に出来上がった雑煮を置いた。

「熱いからね、気をつけて」

「うん」

小さな手で椀を囲み、何度か息を吹き掛けた後、餅を口へ持っていく。

「あちっ」

「冷ましてあげようか」

「大丈夫。ユキちゃん自分でできるの」

箸の握りかたもたどたどしい少女はその申し出を断り、慎重に餅に口をつける。

「うまい?」

まだ熱い餅を口に入れてしまったユキはすぐには応えることができずに、何度か頷いてみせた。

「それは良かった。お父さんのお雑煮だよ。また冬に来たら作ってあげようね」

「うん」

前髪を眉の上できっちり切り揃えられたおかっぱの少女は、なかなか冷めない餅と格闘しながら笑顔で頷いた。



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