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旅は肉(ミンチ)連れ、世は情け容赦なし(4)

「よし。全員集まったな」


 ヨッサムさんは、居並ぶ村人たちを見回しました。

 ここは村長宅の前にある広場。村で一番広いこの場所に、大勢の魔族がひしめいています。

 男女、老人子供、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている女性までいました。

 総勢三百人の村人たちを、昨夜のうちに村長が伝令を走らせ、この広場に集結させたのです。


「皆の衆、朝早くに申し訳ない」


 声を張り上げる村長。


「実は、一つ頼みたいことがあって、このように集まってもらったのだ。皆も知っておろうが、今、村に統治局の方々がお越しになっている」


 その言葉を合図に、エリーと雅さんが村長さんの傍らへと並びます。


「こちらの方々は、ある事件の調査をなさっているのだ。二週間ほど前に、我らの村で発見されたあの――」


 村長は一呼吸置いて、先を続けます。


「マルタ捕食事件についてだ」


 ざわめきが起こりました。どの魔族も、あるいは興奮した、または不安げな様子で、周囲の者と言葉を交わしています。


「こういう風にわしらを集めたってことは、村のもんに犯人がいると思ってんのか?」


 そんな声が上がります。


「そうよ。だから、これから犯人捜しをするの」


 凛とした声で、包み隠さずその事実を伝えるエリー。

 広場が水を打ったように静まります。僕は彼らの多くが、エリーと雅さんに敵意のこもった眼差しを送っていることに気付きました。


 ――余所者が余計なことを


 そんな雰囲気が群衆から圧力のように発せられていました。こういった閉鎖的な土地では外部からの介入を極端に嫌うと、前に聞いたことを思い出します。


「よいか皆の者!」


 村長さんが、大声をあげました。エリーに相対していたときの気弱な低姿勢が嘘のように、鋭い表情で村人たちを睥睨します。


「今、この村で久しくなかった大事件が起こっておるのだ! 村の平和を願うならば、速やかにこれに対処せねばならぬのは、わかるであろう?」


 しわぶきの声一つあげずに、静聴する一同。


「実は、わしも村の中に犯人がいると思っておる!」


 聴衆が息を呑むのが、はっきりと伝わってきます。


「心にやましいところのない者は、速やかに協力するのだ。よいな?」


 誰からも反対の声はあがりません。おそらく本意ではない者もいるでしょうが、ここで文句を言えば「心にやましいところがある」と疑われかねないからです。


 エリーが一歩前に進み出ました。


「あたしはマルタ統治局の調査員、エリザベート・帝・ハインライン! 忙しいところ申し訳ないけど、調査に協力してください。時間はとらせませんから」


 全員の目が、小柄な少女に注がれます。

 値踏みするような間を置いた後、村人の一人がゆっくりと口を開きました。


「それで、どんなことをするんだ? 一軒一軒、家捜しでもするのか?」

「そんな手間はとらせません。ただ――」


 エリーは一呼吸置くと、次のように伝えます。


「あたしの魔法をくらってもらうだけでけっこうです」


 村人全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが、目に見えるようでした。


 ふいに、一陣の風が広場を吹き抜けます。

 僕は広場の片隅で、羽織っているマントを押さえます。風にはためくマントの下。そこには、昨日まであった僕の左腕はありません。

 右手で左肩をなぞり、刀で切断された箇所を確認します。

 さて、僕の左腕を持っているのは、この村人の中の誰でしょうか………。


      ◆◆◆◆◆◆◆


 罠。僕の考案した手段は、それでした。仕掛けはわりと単純です。


「まず僕の左腕を切断する。それから、その腕を山小屋まで持って行く。小屋の物置には犠牲者の左腕が並べられていたから、そのうちの一本と僕の左腕をすり替える」


 昨晩のこと。村長宅のエリーにあてがわれた居室で、僕は彼女と雅さんに作戦の概要について説明をしていました。


「あとは、犯人が食いつくのを待つだけだよ。文字通りね」


 エリーはおろか雅さんまでぽかんと口を開いていましたが、構わず説明を続けます。


「頭部ならともかく、腕をすり替えるだけなら、気付かれる可能性は低いと思う。一番僕の腕と似ているヤツとすり替えれば、まず見分けがつかないはずだ」

「ち、ちょっと待ってよ」

「なに?」

「……あんた、それ本気で言ってんの?」

「もちろんだよ。冗談でこんな作戦を言うわけがないだろ?」

「たしかに思い切り犯人を出し抜けそうな手だけど……」


 エリーは、変なものでも見るような目で、僕を眺めます。


「あんた、自分の左腕を喰われるんだよ? それでいいの?」


 思わず吹き出す僕。


「な、なによ?」

「いや、君がそれを言うなんてさ。いままでさんざん僕を食べておいて。まあ、心配してくれるのは嬉しいけど」

「べ、別にあんたの心配なんかしてないっての! 途中で『やっぱり無理』とか言い出すんじゃないかって、不安なだけ!」

「大丈夫だよ。いったんやると決めたら、途中で投げ出したりはしない」


 なにより、僕には先輩たちの敵討ちをする義務があります。逃げるわけにはいきません。


「……わかった。あんたがそういうなら、その作戦に賭けてみましょう」

「よし」


 僕は左腕の袖をまくります。


「それじゃ、さっそく僕の左腕を切断してくれ」


 こうして、僕は自分の左腕を切り落としてもらいました。そして、その腕を持って山小屋まで戻り、すり替えを実行したのです。

 たとえ切断されようが、僕の腕は不死身なため、五感があります。小屋に放置しておいたはずの左腕に、なにかに囓られるような感覚が走ったのは、その日の深夜のことでした。


      ◆◆◆◆◆◆◆


「それじゃ、いっきまーすっ!」


 エリーが声を張り上げます。

 直後、ぼふーんっ、という干したふとんを叩いたような音が辺りに響きました。

 魔法の直撃をくらった村人たちは、一様にきょとんとした顔で自らの体を見下ろします。


 彼らが浴びたのは、火系の攻撃魔法ですが、誰も火傷一つ負っていません。

 ちら、とエリーの目がこちらを向きます。

 僕は事前に決めておいた合図を作り『この中にはいない』と伝えました。


「はーい、終了でーす。お疲れさまでしたー」


 再び声を張り上げるエリー。

 村人たちは『これで取り調べが終わりなのか?』という表情を一様に浮かべましたが、雅さんが広場の出口の方へ歩き出すと、狐につままれたような様子で、あとに続きます。


「これでやっと半分くらいね」


 エリーが腰に手を当てて、一つ息を吐きました。さすがに少し疲れているようです。


「でも、中々見つかんないわね。もしかしてこの村の中には犯人はいないのかしら?」

「それはわからないよ。でも、この辺りには他に村落はないって話だし、悪いけど、やっぱりここの住人が一番怪しいと思う」


 彼女のぼやきに応える僕。


 僕たちが今なにをやっているのか。それはずばり『勇者(ぼく)の腕を喰ったヤツ探し』です。 

 ここで一つ思い出してもらいたいのですが、勇者の肉を摂取したときの法則に


『勇者の肉を摂取した魔族は、三日の間、勇者と感覚を共有することとなる』


 というものがあったはずです。

 僕の立てたプランは、この法則を利用するというものでした。


「昨晩、僕の左腕を、誰かが食べたのは確実だ。つまり、その誰かは、勇者細胞を消化吸収して僕の肉片と同化したはずなんだ。本人が望むと望まざるとに関わらずね」


 僕はエリーに体を食べられて、生首だけになったときのことを思い出します。

 彼女と『合体』した僕は、自分の体がないにも関わらず、水浴びをする感覚や無駄毛を剃っているくすぐったさを、まざまざと感じ取ることができました。


「つまり、犯人が痛みを感じれば僕も痛みを感じるし、くすぐったさを感じれば僕もくすぐったさを感じるはずなんだ。君の時と同じように」

「………………」

「ん? どうしたの?」


 ばきっ。

 突然、僕の横っ面に裏拳が炸裂しました。


「……恥ずかしいこと、思いださせないでよっ!」


 などというやりとりをしている間に、雅さんが新たな村人たちを引き連れてきます。

 人数は十名。もちろん先程の人たちとは、違う顔ぶれです。

 僕たちは『取り調べ』を十人単位で行うことに決めていました。それより大人数になると、いざ犯人が混じっていたとき、対処が難しくなるからです。


「それじゃ、いっきまーすっ!」

 エリーの声が耳に届き、僕は顔を上げました。

 額の前で交差させた彼女の両手が、灼熱色に輝いています。すでに呪文の詠唱を終え、魔法が解き放たれるのを待っているのです。


 取り調べ方は、いたって簡単。ただ火炎魔法を村人に浴びせるだけです。エリーの放つ火炎魔法は、直撃をうけてもトイレの温風乾かし機を吹き付けられた程度にまで弱められています。それだけで、目的には十分事足りるのです。


 彼女の手から焼けた空のような光が放射されます。

 光は村人たち目指して、宙を突き進みました。

 ぼふーんっ。今回も若干間の抜けた音を響かせ、熱風が村人たちの間を吹き抜けました。


 瞬間、僕はないはずの左腕に熱さを感じました。


 ちら、とこちらを眺めるエリー。

 僕は高まる動悸を押さえ、強いて何事もなかったかのような顔で、あるジェスチャーを形作ります。エリーは一瞬だけ、目を見開き、それからやはり何事もなかったかのように、村人たちに告げます。


「はい、これで1回目の取り調べは終了でーす。それで、申し訳ないんだけど、皆さんにはもう一回、今度は一人ずつ、同じ取り調べをうけてもらいまーす」


 顔を見合わせる村人たち。

 僕は、素早く彼らの様子をうかがいます。どの魔族も当惑した表情を浮かべていますが、取り立てて緊張していたり、顔を強ばらせている者は見当たりません。

 もしかしたら、犯人は『こんな方法で、俺を捕まえられるわけがない』と、思っているのかもしれません。さにあらず。確実にこの中に犯人がいるはずです。


 村人たちは、雅さんに誘導され、広場の片隅へと移動します。

 ほどなく、広場の中央には、一人の男が残されました。


「あ? なに、俺から取り調べすんの?」


 間延びした声をあげる男。どこか軽薄そうな若者でした。


「まあいいけどよぉ~。やるなら、さっさとその取り調べってやつを済ましちゃってくれや。早く帰りてーから」


 彼は着崩した上着に手を突っ込み、「はいどーぞ」と言わんばかりに顎を突き出します。

 明らかになめていますが、エリーは男の態度など無視して、早口にで文の詠唱をします。


「……では、いきます」


 赤色の魔法が飛来し、男を直撃しました。

 瞬間、存在しないはずの左腕に、熱い風が吹き抜けてゆくのを感じました。

 

 ビンゴでした。


「そいつが犯人だっ!」


 大声で叫ぶ僕。

 男はぎょっとした顔になります。その首筋には、銀色の刃がぴたりと突きつけられていました。


「動かぬよう。少しでも動いたら、即座に首を切り落とします」


 冷然とした声が、そう忠告します。音もなく男の背後に回り込んだ雅さんが、刀を押し当てたのです。いったい、いつ移動したんでしょう。僕にはまったくわかりませんでした。


「お、おいおい。こりゃいったいどーいうことだよ?」


 うわずった声をあげる男。


「とぼけても無駄よ! あなたがマルタ捕食事件の犯人だってことは、とっくにわかってたんだから!」


 エリーが大声で告げます。はったりもいいところですが、男の顔色が一瞬変わったのを、僕は見逃しませんでした。


「マルコス……まさかおまえ」


 村人の一人が呟きます。他の魔族が愕然とした表情で続きました。


「よりによって村長の息子が、女王陛下のお定めになった禁を犯すとは…」


 マルコスというらしいその男は、ひどく狼狽した様子を見せます。


「ふざけんなっ、言いがかりだ! お前ら、俺じゃなくてこの余所者たちの言うことを信じんのかよ!」


 ぴたりと批判が収まります。冷や汗を流しながらも、薄ら笑いを浮かべるマルコス。


「てめぇら、都の役人だか知らねーけど、ただで済むと思うなよ? 俺の親父は村長なんだからな!」


 相手が貴族の娘とも知らずにドスのきいた声をあげますが、エリーはその言葉が耳に入らなかったかのように告げます。


「それじゃ、早速こいつの家を家宅捜索ね」

「なっ!? てめぇ、俺の話を聞いてんのか!? マジで名誉毀損で訴えるぞ?」

「おまえが犯人って確定してる以上、基本的魔族権は全無視だから。家をぶっ壊すつもりで、超徹底的に調べるから」

「ふ、ふざけんな! いいか俺の親父はな――」

「んなこと知らないわよ。罪を犯したら、村長だろうが、我らが女王様だろうが、牢屋にぶち込む。それが、あたしの仕事なのっ。わかったら、とっとと家まで案内しなさい!」


 腰に手を当てて、ぴしゃりと言い放つエリー。

 ちょっとかっこいい、などと思ってしまった僕は、徐々に調教されつつあるんでしょうか?


「では、ゆっくり歩いてもらいましょうか。念のために繰り返しておきますが、逃げようした場合、即刻首をいただくことになりますので、ご了承を」


 怜悧な表情でそう告げる雅さん。

 男は血走った目で彼女を睨みますが、首筋の刃を動かされるとよたよた歩き始めました。


「ああ、そうそう。言い忘れてた」


 エリーがいかにも今思い出しましたという風に、口を開きます。


「女王陛下の名の元に、すべてを自白すれば、多少は罪が軽くなるわよ? ま、あたしはあんたの罪が軽くなろうが重くなろうが、どっちでもいいんだけど」


 男は火が吹き出るような眼差しを、彼女に送ります。


「タイムリミットは、あんたの家に着くまでだから。自白するならそれまでにしてね」

「……女王陛下の」

「ん?」

「………………女王陛下の名の元に……」


 マルコスの食いしばった歯の間から、呪詛のように言葉が流れ出てきます。

 広場に静寂がおりました。村人の誰かがごくりと唾を飲む音が、聞こえます。


「名の元に、なに?」


 エリーは耳に手を当てて、尋ねます。憎悪のあまり半ば白目を向くマルコス。


「名の元に……名の元に……名の元に…………………ぐぐぐぐぐぐ」


 突然、男の喉から獣の唸り声のような、くぐもった音が響いてきました。


「誰が自白なんかするかぁぁぁぁぁぁぁっ! ちくしょうぉぉぉぉぉぉっっっっ!」


 絶叫が迸ります。動いた拍子に彼の喉に添えられていた刃が皮膚を切り裂きましたが、気にする様子もありません。

 男は、雅さんの忠告も忘れ、広場の方へと戻ってゆきます。

 居並ぶ村人たちの前で足を止めると、どす黒い顔で訴えかけました。


「おい、みんな助けてくれ!」


 涙を浮かべるマルコス。


「だってよぉ、だって、マルタなんか、昔から俺らの食料じゃねえか! ほんの十年前までは、普通に食えたんだぜ? おまえらだって、ほんとは我慢なんかしたくねーんだろ?」


 そのときに村人が浮かべた表情を、僕は後々まで思い出すこととなります。

 彼らは、一斉に目を伏せました。瞳の中に宿っているのは、同情。

 つまり、彼らも心の底では、この禁忌を犯した青年の主張に同意しているのです。


 ――マルタは本来、俺たちの食料だ。自由に食べられるべき存在なんだ、と


「そこまでにしなさい」


 男の背後から声がかかりました。

 エリーは、ゆっくりとマルコスの方へ歩を進めてゆき、彼の正面で足を止めます。


「マルタ捕食禁止法に基づき、あなたを逮捕します」

「く…くそぉぉぉぉーっっ!!」


 マルコスは両手をかぎ爪のように振り上げて、エリーに飛びかかりました。

 ふいを付かれた彼女は、目を見開いて棒立ちになります。

 男の手が少女に触れる寸前。

 

 閃光が走りました。銀色の光が、宙を水平に分断します。

 

 マルコスの動きが一時停止ボタンを押されたように、ぴたりと止まりました。

 ぱくぱく、と金魚のように開閉する口。首がゆっくりとずれていきます。

 体は飛びかかるポーズのまま、頭部だけが前方へスライドし、胴体から転落します。

 

 ころころころ………。


 地面を数メートル転がって、停止する頭。

 雅さんが刀を振り抜いた姿勢のまま、静かに振り返りました。


「エリザベート様、お怪我はありませんでしたか?」

「う、うん……あたしは大丈夫」


 半ば呆然としながらも、そうこたえるエリー。うすうす察していましたが、この雅さん、ものすごい能力の持ち主のようです。どすんという音に振り返ると、遅まきながら、ようやくマルコスの胴体が地面に倒れ伏したところでした。


 広場が、しーんと静まりかえります。


「申し訳ありません。始末せざるを得ませんでした」


 何事もなかったように刀を腰に納めながら、謝罪する雅さん。


「謝んないでよ。ていうか、油断してたあたしが悪いんだし」


 二人は地面に転がったマルコスの首に目を向けます。顔が真下を向いているため、後頭部しか見えません。哀れな姿ですが、僕はほとんど気の毒に思いませんでした。この人が先輩たちをあんな目に遭わせたのです。因果応報というやつでしょう。


「でも、ちょっとまずい状況になったかも……」


 僕のつぶやき声に、エリーたちが振り向きました。


「どういうこと?」

「昨日も言ったけど、犯行は数人で行われてる可能性が高い。これで残りの犯人たちが一気に警戒することになると思う」

「うーん、そう言われると――」


 突然「あ」という呆けた声が上がりました。

 声の主は村人です。なにやら目をまん丸にして、僕たちの後ろを指さしています。

 僕はそちらへ振り返りました。

 

 首のない胴体がうろうろ歩いていました。


「えええええええーっ!?」


 ずざざざっと音を立てて、後退りするエリー。


「!?」


 雅さんは、自分の服の袖をつかみ、刀の鞘を磨き始めます。こんなときにどうでもいいですけど、この人、不測の事態に直面するとなにかを磨く癖があるようです。


 僕は呆然と歩く胴体を見つめました。彼(?)は赤ん坊のように手を前へと突き出し、よたよたと辺りをさまよっています。どうもなにかを探しているような感じです。


「おい! どこを探してやがんだっ! こっちだよこっち」


 ふいにそんな声が上がります。

 顔を向けると、マルコスの生首が舌打ちしながら、さまよう胴体を見つめていました。


「あれ? あいつ、さっきは顔を地面の方に向けてたよな?」

「いやいやいやいや、その前に普通に喋ってるのがおかしいだろ!?」


 混乱する広場を尻目に、胴体はようやく首の元まで辿り着きます。

 地面を手探りして、ひょいと頭を持ち上げ、自らの胸の前まで持ち上げます。

 きょとんとした顔で、自らの体を見つめる頭。

 なんともシュールなご対面は、数秒間続きました。


「ってあれ? なんで俺、自分の体を見つめてんの?」


 マルコスが戸惑った声で呟きます。ようやく、状況の異常さに気づき始めたようです。


「あれ? なんだこれ? これ、なんだよ? なんなんだよこれはぁぁぁっ!?」


 独り言が徐々にヒステリックになっていきます。


「おい、誰か説明しろよ!」


 顔が、僕たちの方を向き(正確には、胴体がくるりと手で回して向けたのですが)そう問いかけますが、全員が呆けた顔で、立ち尽くすばかりです。

 首は必死な形相になって、胴体の方へ顔を戻します。


「お、お前、なんとかしろ! 俺の胴体だろ? (おれ)がないと困んだろ? だったら、なんとかしろ」


 かなり無茶苦茶言ってますが、胴体は勢いよく首を『うん』と縦に振り、そのまま高く持ち上げました。

 すとん、と頭を首の切断面の上にのっける胴体。


「馬鹿、逆向きだろ!」


 くるりと半回転させます。


「そうか……そういうことか…」


 だんだん状況がわかってきた僕は、ぽつりと呟きました。

 

 悲鳴が上がります。

 再びマルコスへと目を戻した僕は、自らの推測が正しかったことを悟りました。 

 マルコスの首の切断面が不気味に蠢き始めていました。水平に走る赤い筋のような刀傷。それが徐々に薄れ始め、数秒後には、完全に消滅します。あとには白い肌があるばかりです。


 首は完全に癒着していました。


「化け物だ……」


 村人の一人が、ぶるぶると震える手で、マルコスを示します。


「あいつはマルコスじゃない! ヤツの姿を借りた化け物だーっ!」


 その言葉を引き金に、パニックが巻き起こりました。気絶して、倒れる者。広場の出口へ向かって全力疾走する者。両手を組み合わせ、跪いて神に祈り始める者。


「間違いない……」


 僕の言葉に、エリーが勢いよく振り返ります。


「ど、どういうことなのよ!? あんた、この状況が理解できるの?」

「②だよ」

「え?」

「勇者の肉を摂取したときの法則、その②だ! ほら、あったろ『勇者の肉を摂取すると、三日の間、勇者と同じ不死身体質となる』っていうのが!」

「あ―」


 短く息を飲むエリー。雅さんも鞘磨きをぴたりとやめます。

 そう。すっかり忘れていましたが、勇者の肉を食べると不死身になるのです。

あのマルコスという人は、昨日の晩、僕の左腕を喰った。つまり、現在、不死身体質と化しているのです!


「もうわけわかんねえ……俺、夢でも見てんのかよ……」


 彼は、こきこき、と首を回して、うそぶきます。仕方のないことでしょうが、自らの体がどんな風に変化しているか、まったく理解できていないようです。


「まあいいや、とにかく俺はずらかるぜ!」


 そういって、くるりと背を向け、走り出す男。

 エリーははっとした顔になり。超高速で呪文の詠唱を開始します。


「とまれ! 最後の警告だぞ!」


 彼女に変わって、僕がそう叫びましたが、マルコスは振り返ることさえしません。


「なら、しかたないわ――火炎乱流(ファイヤーストーム)!」


 目を焼くような紅蓮の光が奔流となって、迸ります。

 光がマルコスに接触した瞬間――凄まじい炎が巻き起こりました。炎は周囲の空気を貪欲に飲み干し、天をつくような火柱となって、男を中心に吹き上がります。


「すごい……」


 熱風から顔を庇いつつ、僕は洩らしました。これが本気のエリーの魔法。すでに何度か目の辺りにしてきましたが、破壊の光景を前にする度、鳥肌が立つのを禁じ得ません。


 炎が消えました。


 あとには、木炭のように黒焦げになったものが地面に転がっているだけです。

 が―――


「駄目か!」


 舌打ちするエリー。

 僕は眼前の光景に、危うく胃の内容物をぶちまけそうになりました。


 消し炭と化していたマルコスの体に、ぽつぽつとピンク色の斑模様が浮かび上がります。斑はそれ自体が一個の生物であるかのように、体表面を浸食し、つなぎ合わさっていきます。

 肉が溶け落ち、頭蓋骨が剥き出しとなった頭部に、胴体から白いものが這い上がっていきます。あたかもナメクジの大群のように顔を覆い尽くしていくそれは、白い肉塊でした。

 全身が肉屋の店先に並んだ肉のようにつるつるの白い肉に覆われると、その上に赤い皮膜のようなものが現れました。それは、濡れた雑巾のように、びしゃ、びしゃ、という音を立てて、へばりついていきます。どうやら皮膚のようです。

 最後に、ぽこんというどこか間の抜けた音を立てて、両目が眼窩からせり上がりました。


 世にもおぞましい再生が終了すると、焦土と化した地面の上に、裸の男が、尻餅を付いていました。


「……………………………は、ははは、なんだよ? 俺、不死身になっちまったのかよ?」


 マルコスがひくついた笑い声をあげました。どうやらようやく事態を認識したようです。 

 彼は、エリーの方へと向き直り、勝ち誇った顔で両手を広げてみせます。


「おら! どうしたよ? 俺をつかまえるんじゃないのかぁ?」


 挑発するように両手を動かし、言葉を吐くマルコス。

 エリーの顔に、焦りといらだちが浮かびます。


「もう一発、ぼかーんとやってみろよ! おらぁ!」

「このぉ!」

「眠り(スリープクラウド)


 突如、どこからか声が響きました。同時に、白い霧が現れます。霧は見えざるなにかに閉じ込められているように、局所的な空間にとどまり、マルコス目指して動いていきます。

 獲物を捕らえる不定形生物のように、彼を取り囲む霧。


「う、わ――」


 彼が発することができたのは、それだけでした。四肢から骨が抜け落ちたかのように、くにゃりと全身を弛緩させ、その場にくずおれます。

 僕は霧の飛来した方向へと目を向けました。


 雅さんが片手を降ろし、淡々とした口調で言います。


「たしかに不死身でしょうが、ならば眠らせてしまえばいいだけのことです」


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