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旅は肉(ミンチ)連れ、世は情け容赦なし(3)

「ここです」


 村長さんが足を止めたのは、山に入って一時間ほど歩いた場所。

 一見すると、山道からそれた、ただの林の中のように見えます。小屋のようなものはどこにも見当たりません。

 エリーが不審げな声をあげます。


「ここですって? 山小屋は、どこなの?」

「この先にあります。しかし、ここより向こうへは進めません」


 首を傾げるエリー。

 そんな彼女を手で制したのは、雅さんでした。


「エリザベート様、あれをご覧ください」


 彼女はそう言うと、傍らの木の幹を指さします。

 そちらを注視する僕とエリー。


 すぐに気付きました。黒い幹の上に、なにか文様じみた図形が記されています。表面にうっすら彫り込んであるだけなので、指摘されなければ見逃していたでしょう。


「これを発見したのは、本当に偶然です。私は薬を作ることを趣味としているのですが、そのための薬草を探しに山に入ったところ、たまたま目に入ったのです」


 村長が文様を見上げつつ、言葉を紡ぎます。


「発見したのは昨日って話よね……まだ他の村人には、このことを言ってない?」

「はい。誰にも伝えていません」


 エリーがすっと文様に顔を近付けます。


「これは感知系の魔方陣ね……。それも相当強力で複雑な代物……」


 目を丸くする村長。


「……失礼ですが、見ただけでそこまでわかったのですか?」

「ええ」


 絶句する村長を尻目に、エリーは魔方陣の検分を続けます。


「村長さん、なにを驚いているんですか?」


 僕は傍らの雅さんに小声で尋ねました。


「普通は、あの魔法陣が感知系であると調べるだけで、一晩中、書物にあたる必要があるのです。それを一瞥しただけで、エリザベート様が看破したので、驚いているのでしょう」


 どうやら彼女がただならぬ魔法の使い手というのは、誇張ではないようです。


「やっかいね……これじゃ、先に進めないわ」


 顎に手を当てて、呟くエリー。


「雅さん、あの図形ってなんなんですか?」

「主に侵入者の有無を調べるための魔法陣です」

「侵入者?」

「はい。魔力を持つ者がこの魔方陣より先へ進もうとすると、反応する仕組みであると思われます。魔方陣が発動してしまうと、即刻、術者に侵入がばれてしまうというわけです」

「うーん、要するに赤外線式の警報装置みたいなものなのかな……」


 僕は腕を組んで、考え込みます。

 状況がうっすらと見えてきました。こんな怪しげな仕掛けがあるくらいです。この先の山小屋に、なにか人に知られてはならない秘密が隠されているのは、間違いないでしょう。


 子供っぽい外見に似つかない真剣な表情で、魔法陣を睨むエリー。

 しばしの時間が流れます。


「エリザベート様、いかが致します? 犯人に気付かれるのを承知で、先に進みますか?」

「……いや」


 にやりと笑みを浮かべるエリー。なぜか僕の方へ目を向けます。


「このなかに魔法陣の向こう側まで進んでも、感知されないヤツがいるでしょ? どうせなら、まずそいつに偵察させてみましょ」


 二人の目が僕の方へ向けられます。

 ……って、え?


「というわけで、あんた、ちょっと行ってきて」


      ◆◆◆◆◆◆◆


 林の中をしばらく進むと、唐突に森が切れました。

 木を切り開いて作ったと思われるスペースに、小さな小屋が建てられています。この世界では珍しく木造の建築物です。


 僕は周囲をそっとうかがい、誰の姿もないことを確認しました。


『あんたは不死身だってこと以外、ただのマルタと変わらない。つまり、魔力はゼロよね?だったら、魔法陣の向こうへ進んでも感知されないはずよ』


 脳裡をエリーの言ったことが、よぎります。


『ただし、敵に直接発見されるとアウトだから、十分周囲を警戒して、もし誰かの姿があったら、無理せず戻ってきなさい!』


 僕は、なるべく足音を立てないように進み始めました。周囲の下生えが踏み荒らされていることに気付きます。

 間違いありません。一見、長いこと放置されていたように見えますが、つい最近、この小屋に誰かが出入りしたのです。

 

 ドアの前に辿り着きました。

 しばしの間、耳をすませますが、中からはなんの物音も聞こえてきません。

 

 ごくりと喉を鳴らし、ドアをそっと押してみました。

 軋んだ音をたてて、内側へと開く扉。内部からよどんだ空気が流れ出てきます。

 内部は若干薄暗いですが、物が見えないほどではありません。部屋の中央に木でできた長机があります。それ以外はなにもない、がらんどうの室内です。

 

 僕は、ゆっくり小屋の中に足を踏み入れます。

 

 ぎしっ……ぎしっ……

 

 極力そっと足を降ろしているつもりなのに、床板がやけに大きな音をたてて軋みます。

 

 机の前まで辿り着きました。目にしみるような異臭が表面から立ち上ってきます。

 机は赤黒く変色していました。まるで獣の舌のように妙にぬらぬら照かっており、不自然にでこぼこしているように見えます。


 赤黒いものは、乾いて分厚く積み重なった血でした。



「う……ぐっ…!」


 込み上げてくるものを懸命にこらえる僕。想像したくない情景が勝手に脳内に浮かんできます。

 机の上に置かれたものを解体する誰か。特大の肉切り包丁が振り下ろされるたびに、おびただしい血が流れます。

 おそらく、数え切れないほど何度も調理台として使われてきたのでしょう。

 血の上に血がこびりつき、あたかもそういう素材でできているのかと見まがうほど、机の表面が変容してしまったのです。

 

 僕はよろよろと部屋の中をよぎりました。

 無意識に壁に手をつくと、そこが扉であることに気付きます。

 小屋の奥へと続くドアのようです。なんの変哲もない作りであるにも関わらず、僕にはその扉が地獄への入り口のように映りました。

 

 行きたくない……けど、確認しなければ……

 

 勇を鼓すのにしばしの時間を要しました。

 僕は震える手でゆっくり扉を開きます。

 

 ぎぃぃぃぃ…………

 

 中の光景が視界に飛び込んできた瞬間、僕は自分の顔から一切の表情が抜け落ちるのを感じました。

 人間は限度を超える衝撃に直面すると、なにも感じなくなってしまうのでしょうか。眼前の光景を眺めても、僕の気持ちは不気味なくらい落ち着いていました。

 三方の壁に取り付けられた棚。どうやらこの部屋は物置として作られたようです。

 

 棚の上には、解体された人体が整然と並べられていました。

 

 左手の棚には、手足が置かれています。一段目に左腕、二段目に右腕……というように、あたかもスーパーのごとく種類ごとに並べられています。右の棚には、瓶に詰まった臓器が、こちらも理科室の標本よろしく整然と据えられていました。

 

 そして、正面。ぱっくりと開いた口と飛び出さんばかりにむき出された目。驚愕と恐怖の煮こごりと化した顔が、僕をじっと見つめています。

 その表情はある一つの事実を雄弁に物語っていました。

 

 ――彼らが生きたまま、解体されたのだという事実を

 

 正面の棚には、生首が並べられていました。

 どれも血の気が失せ、まるでマネキンのようです。

 しかし、僕はそれが作り物などではないことを、一瞬で悟りました。

 居並ぶ頭の中に、見知った顔があったからです。


「先輩……」


 自分の喉から洩れた声が、老人のように掠れます。

 今となっては遠い昔のように感じる、あの学校での生活。僕をいじめていた先輩三人組が、物言わぬ生首となって、そこに鎮座していました。

 どの顔にも、見慣れた高圧的な表情は浮かんでおらず、小さな子供のような泣き顔を見せています。

 僕は、召還される直前、彼らがあの空き教室にやってきたことを思い出しました。おそらく、あのとき一緒に召還されてしまったのでしょう。

 

 ………ちょっと待ってください。

 それって、僕のせいで死んだってことじゃないですか?


 エリーは僕を召還するために、魔法を用いた。つまり、この気の毒な先輩たちは、僕を召還する巻き添えで、異世界に来てしまったのです。

 そして運悪く禁則を犯すことを厭わない連中に捕まり、こんな目にあってしまった。


 なんてことだ…………


 僕は拳を強く握りしめました。

 掌に爪が食い込ますが、不死身の僕はやはり傷一つ負いません。

 僕には、そのことがひどく悲しく思えました。


      ◆◆◆◆◆◆◆


 戻ってきた僕の表情を見て、エリーは顔を強ばらせました。


「……あったの?」

「ああ」


 そのやりとりだけで十分でした。

 村長さんが苦渋の表情で頭をふり、雅さんでさえ、眉間に深い皺を寄せます。


「犯人はたぶん複数だと思う」


 僕はそう告げました。


「なんで?」

「死体の数が多すぎる。とても単独でやったとは思えない」


 エリーは傍らの村長へ、問いかけるような眼差しを送ります。


「おそらくその通りだと思います。前の山小屋の死体もかなりの数でしたから」


 彼は真っ青な顔になりながらも、言葉を絞り出しました。

 林の中に静寂がおります。空がいつの間にか暗くなり始めていました。不吉な知らせのように葉が風でざわめいています。


「……犯人をつかまえてくれ」

「え?」

「なんとしても犯人をつかまえて欲しい。そのためなら、どんなことでも協力するから」


 頭をさげる僕。エリーの当惑した様子が伝わってきます。


「そりゃ、あたしだってなんとかつかまえたいわよ。けど、さっきも言ったように、ここら一帯には感知の魔法陣が張り巡らされてるの。不可視(インビシブル)の魔法を使って、張り込むことさえ不可能だわ」

「いや」


 僕は、決然とした目で彼女を見返します。


「一つ方法を考えついたんだ」


 三人の魔族が一斉に僕へと目を注ぎました。

 月の光が、頭上に生い茂る木々の枝の間から差し込んできます。

 今夜は雲一つない星月夜のようです。

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