旅は肉(ミンチ)連れ、世は情け容赦なし(2)
「で、兄貴、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
妹の言葉にベオウルフさんがこたえます。
「どうした?」
「あのね、あたし三日前、手にかなりの怪我をしたの。けど、手当てしようと思ったら、いつの間にか、傷が影も形も見当たらなかった。これってもしかして……」
「うむ。勇者の肉を口にした影響だな。勇者の体を取り込むということは、その体質も取り込むということに他ならぬ」
「えぇ!? それって、こいつを食べたら、不死身になるってこと?」
「あくまでも、三日間限定の話だがな」
ベオウルフさんは卓上の羊皮紙に、達筆な字で記しました。
①勇者の肉を摂取した魔族は、三日の間、勇者と感覚を共有することとなる
②勇者の肉を摂取すると、三日の間、勇者と同じ不死身体質となる
「以上二点が、私の導き出した結論だ」
ベオウルフさんは、僕たちを振り返って告げます。
ここは、宮廷の一室です。宮廷は王都サンカレドニアの中央に建てられており、すべての行政はここに集中しているとのこと。
従って、ベオウルフさんのように要職にある魔族は、宮廷内に自室を与えられているんだそうです。
その後、エリーとベオウルフさんは別件の話し合いに移りました。どうやら仕事の話をしているようです。
僕は、物珍しげに部屋の中を見回します。エリーの自室と同じく、高価そうな調度類ばかりですが、実務用に使う部屋なためか、無駄に華美な部分は見当たりません。
ふと、部屋の隅に鳥かごが置いてあることに気付きます。鳥かごの上には布が被せてあり、中にどんな鳥がいるのかうかがうことはできません。実用一点張りの室内で、その鳥かごは妙に浮いているように見えました。
………………………
あれ? 僕はなにをやっているんでしょう。
なぜ、鳥かごの前まで来て、布をめくろうとしているんでしょう?
自らの行動に小首を傾げますが、僕の意思とは無関係に右手が布へと伸びていきます。なんでしょう。この鳥かごを見ていると、妙な胸騒ぎがします……
僕はゆっくり布をめくりました。
ぱしっ
唐突に、横合いから伸びた手が僕の腕をつかみます。
驚いて顔をあげると、すぐ真横にいつの間にやら雅さんが立っていました。彼女は僕の腕をつかんだまま、いつもの怜悧な口調で告げます。
「この鳥かごには、ベオウルフ様のとても大切になさっている鳥が入れられています。光に弱いため、布をめくってはいけません」
そう言って、ずれかけた布を丁寧に直す雅さん。ただそっと添えているだけの手が鋼鉄でできているかのように、ぴくりとも動きません。
僕は無言で彼女に頷きました。
しかし、鳥かごを前にしたときの妙な胸騒ぎは、それからしばらくの間、しつこく残り続けたのでした……。
◆◆◆◆◆◆◆
「それじゃ、任務で辺境の村に行くことが決まったから! あんたの初仕事よ。しっかりあたしの奴隷を務めなさい!」
呆然とする僕に、一方的にエリーが告げてから五日後。
僕たちは、王都から遠く離れた村へと辿り着きました。
相変わらず元気なエリー。はっきり言って死にそうな僕。いつでもどこでも変わらない雅さん。そんな三人が村はずれの看板の前で足をとめます。
「しっかし、なさけないな~」
地にひれ伏す僕を見て、呆れ顔になるエリー。
「体力はない。戦闘力はない。頭は悪い……ハイスペックの勇者が聞いて呆れるわよ」
……そんな僕に、全部の荷物を持たせてるのは、どこの誰なんでしょう?
僕は木陰に這うように移動して、荒い息をつきます。
それにしても、正に悪夢のような旅程でした。道中で立ち寄った村に妖魔が出没するわ、野盗がキャラバンを襲っている現場に出くわすわ、凶悪なドラゴンを退治することを請われるわ、その度にエリーは困っている者を助けてきました。
僕のことを活用して。
頬をひくひくさせて、そのときのことを思い出します。
――べ、別にあんたのことなんか食べたくないんだからねっ!
おきまりのようにそんな台詞を吐きながら、パワーアップアイテムかなにかみたいに、囓ったんですよ、この少女は!
え? なにを囓ったかですか?
決まってるでしょう、僕をですよ!
「いつまで休んでるのよ? 早く行くわよ」
罪悪感など欠片も見当たらない口調が僕を急かします。
心底、元の世界に帰りたいです………
◆◆◆◆◆◆◆
辺境の村ペイジ。人口は三百人弱。
山間に位置するこの村で事件が発生したのは、二週間ほど前のことです。
とある村人が、ふだん滅多に使用しない山小屋に立ち寄ったところ、小屋の中になんとも食欲をそそる匂いが充満していることに、気付きました。
不審に思った村人が、小屋の奥へ足を進めると、そこにはあるものが大量に転がっていました――食い散らかした人間の遺骸が。
かくして事件は都に届けられ、調査のためのエージェント――エリーが派遣されたのでした。
「ぶっちゃけその手の事件って、けっこう頻繁にあるんですか?」
僕は傍らを歩く雅さんに尋ねます。
「そうですね」
雅さんは、常と変わらぬ涼やかな口調でこたえます。
「捕食禁止法ができてから、もう十年になりますが、いまだに魔族の犯罪のトップは、この法律の違反ですね」
僕は彼女の話を聞きつつ、村の景観へと目を向けます。
畑仕事にいそしむ人々。角がある者もない者もいますが、やはりより重労働と思われる仕事には、マルタの方が割り当てられているようです。
ふと、一人の人間がこちらを見ていることに気付きます。
しかし、すぐに魔族がやってきて、彼になにかを怒鳴りました。
――仕事中になにをよそ見しているんだ
どうもそのようなことを言っているようです。
同じ奴隷の身ですが、いたたまれなくなった僕は、道の脇に立ち並ぶ建物へと視線を転じました。ここも石造りが基本であることには変わりがありませんが、王都の建築物に比べるとはるかに貧相で粗雑な造りをしています。村の生活水準は決して高くないようです。
僕たちは、エリーを先頭に、埃っぽい道を進み続けました。
「ここね」
ふいにエリーが足を止めます。
彼女の見あげる先には、周囲の建物より一際大きな館がそびえています。
入り口の脇に、一人の中年魔族が立っていました。
「お待ちしておりました」
男は一礼してそう告げると、僕たちを館の中へと案内したのでした。
◆◆◆◆◆◆◆
ヨッサム。それが、この村の村長である彼の名前でした。
事件解決の目処が付くまで、僕たちは彼の館に逗留するとのこと。
到着して一段落すると、エリーが早速自己紹介を始めました。
「統治局の調査員、エリザベート・帝・ハインラインよ。隣は同じく統治局の雅」
普段より引き締まった口調でそう告げるエリー。統治局というのは、文字通りこの世界を統治を担当する機関です。ちなみに、ベオウルフさんは、そこの執務長とのこと。
村長は深々と頭を下げます。
「このような片田舎までご足労頂き、恐縮です」
「早速だけど、状況を確認させてもらうわ。事件があったのは、村からだいぶ離れた山小屋ってことよね?」
「はい」
深々と頷く村長。一同は、村長宅の居間に介しています。
「第一発見者は、うちの村の青年です」
「発見したとき、現場には誰の姿もなかったのね?」
「はい」
「マルタの死体は全部調べたの?」
「現場に残されていたものはすべて。ほとんど骨だけでしたが」
「大量に死体が見つかったってことは、犯人は長期間その山小屋を根城にして犯行に及んでいた可能性が高いわね……にも関わらず、今まで誰も気付かなかったの?」
「お恥ずかしい話ですがまったく……」
村長は、心労の浮き出た顔で、汗を拭います。
「……しかも、根城はそこだけではないようなのです」
エリーの眉がぴくりと持ち上がります。
「どういうこと?」
「発見したのは、つい昨日のことなのですが……別の山小屋も、マルタの捕食に利用されていたようなのです」
眉をひそめるエリー。
「『ようなのです』って、なんでそんな曖昧な言い方なの? そっち山小屋も確認したんでしょ?」
額の汗を拭う村長。
「それが……この先は現場まで行ってご説明させてもらったほうがよいかもしれません」
エリーは不審そうな顔で、雅さんと顔を見合わせたのでした。




