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いきなりピンチ! それともミンチ?(3)

「さーてと」


 少女が腕をぐるぐる回しながら、間延びした声をあげます。


「あの……」

「ん?」


 僕の声に彼女が振り返ります。


「それで試すって、なにを試すんでしょうか?」

「まあ、ちょっと待ってて――兄貴!」


 少女は傍らの青年に目を向けます。


「その品のない呼び方はやめよと言っておるだろう。すでに準備はできている。いつでもよいぞ」


どうやらこの2人は兄弟のようです。青年が壁に手をついて低い声で何事か囁きました。

 すると、腹の底に響くような轟音が鳴り始めました。

 

 ごごごごごごごご………


 僕は目を見張ります。石造りの重そうな壁が、ゆっくりと上に向かって動いていました。

 

 ごごごごごごごご………

 

 壁の向こうから、冷たい空気が進入してきます。

 

 ……ごん。

 

 ついに天井付近まで、壁が持ち上がりました。

 耳が痛いほどの静寂。壁の向こうに現れたのは、この部屋と同じ石造りの大部屋でした。

 一辺が50メートル、高さ20メートル。面積もほぼ変わらないようです。

 しかし、こちらの部屋とは決定的に異なる点がありました。


「なんだこれ……」


 僕は首を仰け反らせて、それをぽかんと見上げます。

 超巨大フィギュア――。頭に浮かんだのは、そんな単語でした。

 隣の部屋の中央には、とてつもなく巨大な人型の物体が鎮座していたのです。

 仮面にスリットが入ったような顔。全身を覆う堅そうな装甲。仁王立ちしたまま、微動だにしないその姿は、アニメに出てくる巨大ロボそっくりです。


「すごい…」


 感嘆の声をあげる僕。


「どう? 驚いたでしょ?」


 少女が自慢げに胸を反らせます。


「このゴーレムは、魔族でも一部の連中にしか使えないのよ。超強いんだからねっ!」


 ゴーレム……僕はその言葉から連想されるビジョンを記憶の中から手繰ります。でかくて鈍重。ゲーム等に登場するゴーレムは、そんなイメージのものばかりだった気がします。

 しかし、眼前にそそりたつこれはデザインからして大きく異なり、やはりロボットに近いように見えました。


「それでは、このゴーレムと戦ってもらおうか」


 青年が鷹揚な声をあげます。


「は?」

「『は?』じゃない。あんたは、これから、こいつと戦うんだよ」


 少女が腕を組んで告げます。

 僕は彼らに目を向けました。三人とも真顔です。


「………………………………えーと、その……冗談ですよね?」


 半笑いしながら、尋ねる僕。

 彼らは依然真顔です。


「これを使いなさい」


 すっと、なにかが差し出されました。忍者の女性が筒のようなものを僕に手渡します。ちょうどリレーのバトンくらいの直径で、長さは三十センチほど。


「なんですか、これは?」

「聖剣ソウルグレイブです。通称『魂を喰らう者』。勇者にしか使えない武器ですよ」

「はあ…」


 曖昧な返事をする僕。申し訳ないのですが、全然説明になってないんですが……。


「準備はいいな? 行くぞ!」


 まだいいとも言ってないのに、少女が、ゴーレムに叫びました。


「ゴーレム、あいつと戦えっ!」


 瞬間、ゴーレムの顔面に赤い光が点りました。どうやら目のようです。赤い一つ目が、仮面のスリット上を移動し、標的を捉えます。すなわち僕を。


「って、え? いやちょっと待――」


 最後まで言い切るより前に、轟音が響き始めました。

 ずしん、ずしん。ゴーレムが一歩歩くたびに、足の裏から激しい振動が伝わってきます。


「ウソだろ……」


 よくできてるとは思っていましたが、いくらなんでもほんとに動くなんて……。

 いや、驚いている場合じゃありません。もうゴーレムは眼前に迫っています!


「うわあああああああああーっ」


 僕は悲鳴を上げながら一目散に走り始めました。あんなものに踏みつけられでもしたら、一発でぺしゃんこです。まるでゴキブリを追いかけるようにそんな僕を追い回すゴーレム。


『気をしっかり持つのだ、勇者よ』


 出し抜けにそんな声が響きました。僕は思わず立ち止まって、左右をうかがいます。


『立ち止まるな。そのまま、逃げ続けながら、我の話を聞くのだ』


 誰の姿もありませんでしたが、とにかく声の指示に従うことにします。


『よいか、現状を打破したくば、我の力を引き出すのだ。そして、敵を討て』

「な、なにを言ってるんですか? そもそもあなたはどこにいるんです?」

『ここだ。汝の手の中におるだろう』


 僕は自らの右手を見下ろします。円筒形の物体が、いまだにその内に収まっていました。


『我は聖剣ソウルグレイブ。勇者よ、いますぐ我の真の力を引き出すのだ』

「剣? 剣が喋ってる?」


 携帯電話でもこっそり取り付けてあるんでしょうか? もうわけがわかりません。


「と、とにかく助けて」

『落ち着け。助かりたくば、我の言うことを聞くのだ』

「わ……わかりました」

『よし。では、我の力を引き出す方法を伝える。汝の思う誠の勇者の姿を、頭に思い浮かべよ。もし、それが正しき姿であれば、我の力は自ずと汝のものとなろう』

「はあ? 勇者の姿?」

『そうだ。心に強く、イメージを描くのだ』


 勇者の姿と言われても、僕は実際に勇者を見たことがありません。そもそも勇者というのは実在するものではなく、フィクションの中にのみ存在するのです。

 しかし、僕は一か八か試してみることにしました。普段なら、自分の正気を疑うところですが、今は背後にゴーレムが迫り、我ながら錯乱状態です。


「じ、じゃあいきます!」


 そう宣言して、以前内野君から借りたドラ○エⅢの職業『勇者』を心に重い描きました。

 ………………なにもおこりません。

『イメージが弱い。もっと強くイメージするのだ』


 剣が告げます。僕は額に脂汗を浮かべて、取り扱い説明書にのっていた勇者のイラストなんとか細部まで思い描こうとします。

 すると、ようやく変化が起こりました。柄までしかなかった剣に青い光の柱が現れます。

 柄から噴出するように上に向かって伸びる光は、某大作SF映画の武器にそっくりです。

 僕は立ち止まってゴーレムへと向き直りました。出口をふさがれたこの部屋では、いずれ体力が尽き、逃げられなくなることは明白です。ならば敵を倒すしかありません!

 僕が覚悟を決めたのを察したのか、ゴーレムも足をとめます。

 しばしのにらみ合い。張り詰めた静寂が場を支配します。


「うおおおおおおぉぉぉーッッッ!」


 ありったけの気迫を込め、怒号を上げる僕。剣を振りかぶって、ゴーレムへと突進します。ゴーレムも、拳を引き絞り、僕に向かってパンチを繰り出します。

 僕の体が青い光に包まれました。全身が羽のように軽く、嘘のように力がみなぎります。

 すさまじい風圧を伴い、床すれすれに迫ってくる拳。

 しかし、自分の体ほどのパンチが接近してくるというのに、僕はまったく恐怖を感じませんでした。必ず迎え撃つことができる。そんな確信が心を満たしていたからです。

 僕は体を一回転させ、剣を繰り出しました。


「切り裂けぇーっ」


 ボゴオッ!


「ぶべらぁぁぁぁあああっっっーッッ!?」


 上半身にダンプカーと正面衝突したような物凄い衝撃が走りました。

 高速回転する視界。みるみる壁が迫ってきます。

 

 べちゃぁ。


 湿った音が響きました。

 あたりに静寂が下ります。

 

 いったい、なにがどうなったのでしょう。さっぱり状況がつかめません。僕は、試しに体を動かしてみようとしましたが、手も足も一向にいうことをききませんでした。

 痛い。体中が痛いです。まるで、全身に隙間なく、鉄の杭を打ち込まれているように。

 僕は恐る恐る自分の体に目を下ろしてみました。


「!?」


 思わず声を失いました。僕の上体は激しくねじれていました。まるで雑巾でも絞ったかのように、腰から上がなん回転もしているのです。いたるところから突き出している白いものは、折れた骨でしょうか。

 こんな重症、いままで見たこともありません。


「はぁ? 一発でやられちゃった?」


 少女の声が聞こえます。


「いったい、どうなってんのよ、雅」

「……わたくしにもわかりかねます」


 少女の言葉を聞いて、僕はようやく、なにが起こったのかを知りました。

 ゴーレムの拳を、剣で切り裂きに出た僕。

 しかし、その攻撃はあっさりはじかれ、逆に返り討ちにあってしまったのです。

 ゴーレムの一撃を受けた僕は、隣の部屋から元いた部屋の奥まで、なんと60メートル近くも吹き飛ばされたようでした。


「どうすんのよ? これじゃあ、もう戦闘不能でしょ」

「実力を計るつもりだったが、少々相手が悪すぎたか。やむを得ん。実験は中止としよう」


 青年がそう告げた途端、僕の周囲が暗くなりました。

 恐る恐る視線を上げると、ゴーレムの振り上げた足の裏が映りました。


「おいぃぃぃぃぃっっ! 止めるなら、早くしろぉぉぉぉぉっっっ!」


 僕は力一杯叫びますが、無常にも巨大な足が踏み下ろされます。


 ドスン! グチャ! グチュ!


 何度も何度も振り下ろされる足。そのたびに僕の全身がおぞましい音を立てます。


「ストップ! ゴーレム、ストップ」


 ようやく少女が制止の声をあげました。

 ゆっくりと足を持ち上げるゴーレム。その下から現れたのは――


「これ……さっきのマルタだよね」

「……そのはずですが」


 少女も忍者の女性も、それっきり口をつぐみます。

 彼女たちの視線の先には、奇妙な物体が転がっていました。一言で言うと、肉塊。ハンバーグのように扁平になった肉が、床にのっぺりと広がっているのです。 所々、元は手足だったとかろうじて判別できる部位が、肉にめり込んでいなければ、それが人間であったことなど、とても信じられません。

 他ならぬ僕自身でさえ。

 そう。その醜怪な肉の塊は、ゴーレムの攻撃を受けた僕の成れの果てでした。


「……………………えーと、ちょっと止めるのが遅かったかな☆」


 少女が、てへっ、と可愛らしく舌を突き出します。

 瞬間、僕の怒りは沸点に達しました。


「ふざけるな! こんな真似をしてただで済むと思うな! 全員、警察に突き出してやる!」


 そう叫んだつもりだったのですが、実際に出たのは「ごぼっ、ごぼごぼごぼ……」という水道管に詰まった汚水のたてるような音だけでした。


「ちょっと……あいつ、生きてるじゃん!」


 少女が驚愕した顔で、僕を指差します。


「『勇者はいかなる重症を負っても、決して命を落とすことがない』という伝承は確かなようだな……」


「ごぼっ?」


 ふいに僕は我に返りました。……たしかにそうです。現在の僕は、致命傷などという言葉が、限りなく優しく聞こえるほど、ひどい有様です。こんな風になったら死ぬことぐらい、幼稚園児だってわかります。


 

 なのになぜ、生きているんでしょう?



 考えてみれば、最初のゴーレムの一撃だって、充分に即死するような威力があったはずです。にもかかわらず、いまだに意識を失うこともなく、その事実を省みることさえできるなんて……


「文献によると『勇者は致命的な負傷をしてもたちどころに治癒する』とのことですが…」


 忍者の女性がふと口を噤みました。

 同時に僕も自らに起こりつつある変調に、気付きます。

 びくり、と僕の意思とは無関係に、体が大きく脈打ちました。

 ついで、肉塊が中央の方へ収束していくのを感じます。あたかもピンク色の柱が天を目指してゆくかのごとく、肉が上に向かって伸びてゆきます。

 それに合わせて、肉の内部で様々なものが動いてゆきます。ゴキッ。グチュグチュ。ズルリ。どうやら、内臓や骨が本来あるべき場所へと移動しているようです。

 痛いです。とてつもなく痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 いつしか僕は、大声で泣き叫んでいました。


「すご…! どんどん元に戻ってくよ!」

「信じられんな……声を出せるところを見ると、もう声帯まで治ったということか」

「わたくしの治癒でも、こうはいきません」


 三人とも驚愕しているようですが、一番驚いているのは、言うまでもなく僕自身です。

 僕は夢でも見ているんでしょうか。

 全身を苛む激痛の最中、意識が救いを求めて、叫び声をあげます。

 誰でもいい。誰か、僕に納得のできる説明をしてください。

 そうでないと、もう理性を保っていることができそうにありません。

 肉の柱から四つの肉棒が突き出しました。それぞれが伸びてゆき、腕と足を形成します。


「あ……あ……あ…」


 気が付けば、僕は元通りの体に戻っていました。

 よろよろと、幼児のように、二、三歩、足を進めます。手も動く。足も動く。あれほどの重症を負ったのに、その後遺症はどこにも見当たりません。

 顔を上げると、三人の人物が僕に目を注いでいました。僧侶。魔法戦士。忍者。もはや彼らがコスプレイヤーなどではないことはわかっています。

 しかし、僕の聞きたいことは彼らの正体ではありませんでした。


「一つ教えてください……」

「なんだ?」

「僕は……僕は何者なんです?」


 そう。ボクが知りたかったのは、自分の正体でした。

 青年が口角を持ち上げました。


「まだ伝えていなかったか? お主は勇者だ」

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