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罪を憎んで、人の肉不味ッ!(不味いなら喰うな!)②

 食事を運ぶためのワゴンカーが廊下を進んでいきます。

 屋敷の最奥と思われる扉に辿り着くと、おばちゃんはワゴンを止めて、ドアをノックしました。


「お料理をお持ちしました」


 扉が内側から開かれます。

 がたいのいい魔族の男が、ドアを押さえて、彼女の通り道を作りました。

 おばちゃんは一礼すると、ワゴンを中へ運び入れました。


 室内の光景を見た途端、僕は思わず息を飲みます。


 高い天井から下がるシャンデリアは宝石をちりばめたようにきらきらと輝いています。床を覆うカーペットは豪奢な毛皮でできていました。

 テーブルにかけられた純白のテーブルクラスの上には、金や銀でできた食器類が並べられています。

 豪華絢爛。

 建物の外観からは想像もつかないくらいの贅の尽くしようです。

 

 おばちゃんは、静かにワゴンを進めていきます。

 饗宴はどうやら、バイキング形式のようです。身なりのいい魔族たちが、上品に歓談しながら食事をたしなんでいました。


「どう?」


 エリーが尋ねてきます。僕は右目を彼女に向けて、こたえました。


「ほぼ情報どおりだ。みんな顔に仮面舞踏会みたいなマスクを付けてる」

「そう」


 僕は皿の上に乗っている左目の方に意識を戻します。

 現在の僕は、ちょっと一言では説明できない有様になっていました。

 まず首から上は、今も調理場にあり、すぐ傍らの雅さんやエリーと話が出来るようになっています。

 特筆すべきは首から下です。

 

 端的に言うと、僕の体は、ばらばらにされ、ワゴンの上にのせられていました。 肉も内臓もすべて調理済みです。皿に丁寧に盛りつけられ、テーブルに並べられるのを待っている状態なのです。

 皿の上には、僕の顔から抉り取った左目と左耳も添えてありました。

 勇者の不死性により、切り離された部位も生き続けるため、ちょうど隠しカメラのように夜会の状況を知ることができるというわけです。

 

 おばちゃんは、ワゴンをゆっくり押していきます。

 あるテーブルの前で、三人の魔族が料理を楽しんでいました。マスクのため、顔はわかりませんが、一人は女性で残りの二人は男性のようです。

 なにか面白い世間話でもしているのか、ときおり品の良い笑い声が聞こえます。

 おばちゃんは、彼らのすぐ脇でワゴンをとめました。


「おや? それは、本日のスペシャルメニューかな?」


 燕尾服をきた恰幅のいい紳士が、彼女にそう尋ねます。


「はい。選りすぐりのマルタを、私が腕をふるって料理しました」

「ふむ。それは楽しみだ」


 彼は、さして疑問を抱かずに、会話に戻ります。

 おばちゃんは、一礼してその場を去り、大広間から出て行きました。

 あとにはワゴンに乗った選りすぐりの料理――つまり僕の体だけが残されます。

 彼女が去った途端、三人の魔族たちは、それまで話していた話題を切り上げました。


「ところで、貴殿はあの噂をご存知かな?」


 ワインを口元に運びながら、秘やかな声で太った紳士が切り出します。


「あの噂とは?」


 もう一方の男が尋ね返しました。


「近々、女王を暗殺する計画があるという噂ですよ」


「え!?」と思わず声をあげてしまい、慌てて口を噤む僕でしたが、考えてみれば、首は調理場にあるため、声が聞こえるはずもありません。

 僕は皿の上の左耳に意識を戻します。


「その噂なら、聞いたことがありますわ」


 高い声を発したのは、女性の魔族です。


「まあ、不思議はございませんわね。あんなどこの馬の骨ともわからない小娘が、わたくしたち貴族を差し置いて、女王をやってるんですから」

「しかし、あの女は不死身ですぞ。いったい、どうやって殺すのでしょうな?」

「さて、そこはわかりかねますが、一つ言えるのは、首謀者はうちのメンバーだろうということですな」

「はははは、確かに」


 とんでもない話です。

 僕はエリーの方を向いて、今の話を告げようとしましたが、そのとき、突然会場が暗くなりました。

 やむを得ず、話すのは後回しにして、僕は会場の方へと意識を戻します。

 

 一人の人物が、スポットライトに照らし出されました。

 やはり仮面に覆われているため、顔はわかりませんが、若い男性のようです。


「同士諸氏、本日はお集まりくださり、ありがとう」


 パチパチとまばらな拍手の音が響きます。

 しかし、この声、どこかできいたことがあるような……。


「食事の方は楽んで頂けているかな? そろそろ会の締め、スペシャルメニューの時間となりました」


 先程より大きな拍手。男は満足げに拍手が鳴り止むのを待ちます。


「では、恒例どおり、一つまみずつ、楽しむとしましょう。――世界は魔族のもの。マルタの肉は我らの肉」


『世界は魔族のもの。マルタの肉は我らの肉』


 男に続いて、会場の貴族達が復唱します。


「始まったみたいだ」

「そう……」 


 僕の言葉にエリーは短くこたえます。その横顔には、いつになく厳しい表情が浮かんでいました。

 僕たちの計画の中で、もっとも肝心かつ困難なこと。それは、皿に盛られた僕の肉を、会場のすべての魔族に一人の例外もなく口にさせることでした。


『なんとか、できないかしら?』


 エリーがおばちゃんにそう打診したところ、あっさり彼女がこたえたのです。


『それなら、可能だと思いますよ』


 彼女の話によれば、夜会の最後には、慣例として特別料理が用意されるとのこと。

 そして、会の結束を確認する意味をこめて、一人ずつその料理を口にしていくのだとか。

 僕たちがそれを利用することに決めたのは、言うまでもありません。

 

 ふいに、僕は、自分の肉が石臼のような力で磨り潰されていくのを感じました。


「ううむ、今日のは、いつになくうまいな」  


 会場に意識を戻すと、すでに特別料理の回し食いが始まっていました。

 先程の太った紳士が、僕の肉をゆっくりと噛み締めます。

 例によって、麻痺の魔法をかけてもらってるため、痛みは感じませんが、けして愉快な感覚ではありません。

 次は隣の婦人でした。


「あら、ほんと。なんて美味しいお肉なんでしょう!」


 舌でゆっくりなめ回される感覚。唾液がぬるぬると肉にまとわりつき、吐き気がするほど不快です。


「おまえ……大丈夫か?」


 エリーが気遣わしげに、僕の生首顔をのぞき込みます。


「うん……いつも君に喰われて、慣れてるからね」


 強いて冗談を飛ばす僕。なんといっても、あと数十回は、これを我慢しなければならないのです。


 貴族たちは次々と僕の肉をついばんでいきました。皿の上の僕の体が、みるみる減っていきます。

 それにしても、夜会の参加者は、皆一様に素顔を隠しています。お互いに誰が誰なのか、わからなくするためでしょうが……。


「これじゃ、せっかくカメラを潜り込ませたのに、なんの意味もないな」


 思わず、そう呟きます。会場の魔族たちの素顔さえわかれば、次の作戦は行わずに済むのですが……。


「あ!」


 そんなことを考えていると、突然視界が暗くなりました。


「なに、どうしたの?」


 とエリー。


「くそ! カメラを喰われた!」


 僕は舌打ちとともにこたえます。隠しカメラなどと形容していましたが、僕の目玉も料理として皿の上に並べられてあったのです。

 もちろん、なるべく喰われない位置に置いてもらったのですが、他の料理が少なくなってきたため、ついに食されてしまったようです。

 もう会場の様子を知る手段は、皿に残された左耳しかありません。

 

 僕は耳から入ってくる音に、極力神経を集中しました。ほとんど意味のある音が拾えません。群衆の声が、ざわざわと潮騒のように響いてくるだけです。


「最後が私の番だな」


 ふいに主催者の声が聞こえました。直後、耳たぶを噛まれる感覚がします。


「駄目だ。耳も食べられた」


 僕の言葉に首をふるエリー。彼女はいつになく優しい声音で、僕をねぎらいます。


「もう十分よ。あんたのおかげで計画は滞りなく、遂行できたわ。ご苦労さま」

 

 しかし、あの主催者とおぼしき人物の声。たしかに、聞き覚えがあるような気がするんですが、誰のものだったでしょう……。


    ◆◆◆◆◆◆◆


 翌日。


 王宮内のベオウルフさんの居室にて、僕らは再び女王ネオテニアと相対していました。

 謁見の間ではないため、さすがにこの前のような礼式には乗っ取っていませんが、エリーらは、それでも最大限の敬意を示し、床に跪いています。


「以上が、昨夜、我々の行った作戦のあらましとなります」


 掌を胸元に当て、ベオウルフさんが一礼しました。

 女王が椅子に座ったまま、端正な顔を向けます。


「話はわかりました。丁寧な報告をありがとう」

「は」

「しかし、私に何一つ相談せず、そのような行動をとったというのは、やはり褒められることではありませんね」

「申し訳ございません。不肖、ベオウルフ、どのような咎もお受け致します。されど、どうかいましばらくの猶予を。今回の作戦は、統治局の悲願である、あの忌まわしき背徳集団を壊滅させる千載一遇の機会なのでございます。作戦を完遂した暁には、いかなる断罪も厭いませぬゆえ」


 頭を垂れたまま、常になく切迫した口調で語るベオウルフさん。

 女王は小さな嘆息を洩らしました。


「……わかりました。確かに、情報の秘匿がその作戦の要でしょうからね。私に告げられなかったというのも、無理からぬことでしょう」

「ありがたき幸せに存じます」


 次いで、女王は床の上に直接頭をのせている僕に、目を落とします。


「それにしても、またすごい姿になっていますね」

「はあ、その、お見苦しいところを……」


 僕は曖昧な返答を返しつつ、誤魔化すような笑みを浮かべます。

 生首。

 それが現在の僕の姿でした。切断面を直に床の上に置いているというかなり失礼な格好(?)ですが、こればかりは致し方ありません。


「たしか再生には、三日を要するという話でしたね。逆に言えば、それまでに宮廷内のカニバルカーニバル構成員を洗い出せないと、作戦が水泡に帰すことになってしまう、と」

「その通りにございます」


 と女王の言にベオウルフさんがこたえます。

 女王はしばしの間、考えを巡らせていました。それから、ゆっくり青年を見上げます。


「一つだけ、条件を出させてください」

「は。どのようなことでございましょう?」

「その『犯人捜し』は、まずあなたから行ってもらえますか? 今、この部屋、私の目の前で、あなた自身がメンバーではないということを証明してみせてください」


「あ」と思わず、声をあげる僕。エリーが聞き咎めて、怪訝そうな表情をこちらに向けましたが、幸い他の人たちには聞かれなかったようです。

 昨日の主催者の声。それが誰に似ていたのか、ようやくわかったのです。


 他ならぬ、ベオウルフさんの声にそっくりだったのです。


 ちらりと様子をうかがうと、彼は落ち着いた表情をしていました。少なくとも、これから『犯人捜し』を受けることに対して、焦っているようには見えません。

 しかし、僕は昨夜、ベオウルフさんの姿を一度も見ていないことを思い出します。僕たちが正面から乗り込み、彼は万一に備えて建物の裏手で待機する。そういう役割分担だったからです。

 つまり、ベオウルフさんにはまったくアリバイがないのです。


「かしこまりました」


 彼は一礼すると、目でエリーに指示を出しました。

 雅さんが、彼女に場所を譲るように、音もなく鳥かごの辺りまで下がります。


「……我、火の懐で戯れし獣なり。汝の肉体を焼き尽くし、それを焦がさん――火炎乱流(ファイヤーストーム)


 額の前にかざしたエリーの両手から赤い光が放たれます。光は彼女の兄を直撃しました。


 ぼふーん。


 大仰な呪文のわりに情けない音が響きます。

 場の全員の視線が床の上の僕へ向きました。


「……どうだ?」

「いえ、全然熱さを感じませんでした」


 僕のこたえに、ほっとした表情になるエリー。

 女王はベオウルフさんに向き直りました。 


「いいでしょう。では、あなたの計画通り、事を進めなさい。すべての責任はこの私が持ちます」


 ベオウルフさんは、元々整っていた居住まいをさらに正し、張りのある声をあげます。


「ありがたき幸せ。このベオウルフ、必ずや陛下にご満足頂ける成果をあげてみせましょう!」

「正直、成果があがること事態は、けして嬉しくないのですが……」


 アンニュイな表情で、そう洩らす女王。

 もし作戦が成功すれば、王宮の魔族から逮捕者が出ることになるんですから、彼女の憂鬱ももっともです。


「では、私は戻ります。あまり長居すると、いらぬ詮索を受けるかもしれませんので」


 椅子から立ち上がり、フードを被るネオテニア。この部屋へは、いわゆるお忍びでやってきていたのです。

 言うか言うまいか、大いに迷いましたが、結局、僕は意を決して彼女を呼び止めました。


「あの」


 僕の声に女王が振り返ります。


「私ですか?」

「は、はい。ちょっと伝えておきたいことがありまして」


 ベオウルフさんが、なに言ってんだこいつ的な視線を僕に向けてきます。たぶんエリーと雅さんも同じような表情をしているでしょう。

 女王だけが、どこか面白がっているような顔で、僕を促します。


「なにを伝えてくれるのかしら」

「えーとですね…………暗殺に気をつけてくださいね?」

「は?」


 漂白されたような間が開きました。

 次の瞬間、僕の顔が床に叩き付けられます。


「い、いきなりなにを言ってるのよ、あんたは?」


 懸命に右目を向けると、エリーが真っ赤な顔でこちらをにらんでいました。彼女は、僕の後頭部に足をのせ、思い切り押さえつけます。

 女王が弾けるような笑い声をあげます。


「あははははははっ、面白いわね、あなた」


 軽やかなその口調は、年相応の少女に戻ったようです。


「ご忠告ありがとう。でも心配は無用よ。私はあなたと同じ不死身体質なんだから」


 一つウインクすると、女王は、ドアから出て行きました。

 それをわかってて、あえて言ったんですが……。

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