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旅は肉(ミンチ)連れ、世は情け容赦なし(10)

 馬車は人目を忍ぶように、野道を走り続けました。


「ここはどこですか?」


 僕は隣に座る院長に尋ねます。


「リタワーズの西側を走る旧街道ですよ。あ、念のために言っておきますと、大声をあげて助けを呼んでも無駄ですよ。この道、使われなくなって久しいですから」


 どうやら、街へは出ず、このまま山を越えるようです。


「この子供達はこれからどうなるんですか?」


 院長の目が困ったような笑みを作ります。


「それは聞かない方がよろしいかと」

「こやつらはこれから都へと運ばれる。やんごとなき身分の方々の宴のためにな」


 老人が代わってこたえました。


「宴?」

「左様。半年に一度開かれる夜会があるのだよ。そこで、食卓を彩る大役を担ってもらうことになる」


 さすがの院長も、顔を引きつらせましたが、すでにそのこたえを予期していた僕は、静かに尋ねました。


「カニバル・カーニバルの夜会か?」


 老人の目が一瞬だけ、驚きで見開かれます。


「ほう……知っていたのか」

「…………」

「まあよい。なにを知っていようが、お前の運命は変わらないのだからな」


 おそらく僕は別の場所へと連れて行かれ、商品としての価値について色々と調べられることになるのでしょう。

 最後は子供達と同じ運命を辿るのでしょうが……。

 

 整備されていない道を走っているためか、馬車の乗り心地は最悪でした。尻が荷台から浮くほどの振動に、何度も見舞われます。

 馬車に揺られる内、僕の胸に、今更ながら、どす黒い怒りが沸き上がってきました。


「今まで、ずっとだましていたんですか……」


 もはやわかりきっていることなのに、院長にそう尋ねずにはいられませんでした。


「はい、そうですけど」


 あっさり告げる彼。もう見慣れた卑屈な笑みが痩せた顔に浮かんでいます。

 嫌悪感に顔を背けると、床の上に転がされているアトスに目がとまります。

 彼はいまだ意識を失ったままです。どうも頭を強打されたようでした。

 僕は、不安のために先送りにしていた質問を、意を決して口にしました。


「彼はどうするつもりなんですか?」


 老人が平坦な口調でこたえます。


「もちろん、人目につかないところで始末するつもりじゃよ。魔族の浮浪児なんぞ、一ゴールドにもならんからな」

「………………あんたたちは、全員後悔することになりますよ。それもすぐに」

「ほほぉ。なにか、反撃する秘策でもあるのかの? わしの見たところ、お前は特殊な体をしている以外、特に能力はないようじゃが」


 中々、観察力のある老人です。


 が――


「あんたたちは一つミスを犯したんだよ」

「ほぉ? どんなミスかの?」

「僕の腕を切り飛ばしたとき、草むらの中に腕を放置しないで、拾っておくべきだったんだ。僕の腕は、切り離されても生き続けることができるんだよ」

「なに?」


 ぴくりと老人の眉が動きます。瞬間――


 どかぁぁぁぁぁん


 凄まじい轟音が響きました。馬車が大きく傾ぎます。

 悲鳴をあげて、床を転がっていく院長。直後、馬車が急停止します。


「なんじゃいったい!? どうした?」


 老人が叫びました。


「くそっ、エリーのやつ……もうちょっと考えて攻撃しろよな」


 ぼやく僕。

 老人は目をすがめると、手振りで男に指示を出します。


「おい、どうした?」


 男はそう言いながら、御者台で手綱を握っているはずの相方に声をかけます。

 しかし、返事はありません。


「おい?」


 幌をめくり、外へ顔を出す男。


「よせ!」


 老人が鋭い制止の声をあげましたが、時すでに遅し。


「眠り(スリープクラウド)


 平坦な声とともに、男の体が前のめりに倒れます。尻を持ち上げて間抜けな格好をさらす男からは、すぐに可愛いいびきの音が響いてきました。


「よっと」


 僕は両腕がないため、ややバランスをとるのに難儀しつつ、馬車から飛び降ります。


「ったくもう! ご主人様をほっぽって、どこ行ってんのよ」


 見知った美少女が腰に手を当てて、こちらを睨みます。

 少し離れた木立には、雅さんの姿もありました。


「現状を手短に説明しなさい」

「あの馬車の中にいるのが、子供攫いの犯人だ。院長も彼らの仲間。攫われた子供たちも荷台にいる。それからアトスも」


 じと目をエリーに向けます。


「ま、マジ!? てっきり悪党とあんたしかいないと思って、思い切り攻撃魔法をかましちゃったじゃん!」

「僕の犠牲は最初から想定済みかよ!?」

「てか、なんでアトスがいるわけ?」

「それは――」


 説明しかけた僕は、口を噤みました。

 じゃりという砂礫を踏む音が、背後から聞こえてきたからです。

 僕たち三人は、振り返ります。


「ほほお、これはこれは美しいお嬢さん方だ」


 老人は両手を後ろに回し、相変わらず泰然とした態度を示しています。


「あなたが黒幕ね?」

「まあ、身もふたもなく言えば、そうなりますか」

「よーし、じゃあ捕まえるから、おとなしくしてなさい!」


 首をのけぞらせて、愉快そうに笑う老人。


「それは色々と端折りすぎではないですかの」

「回りくどいのは嫌いなの」


 不敵に微笑むエリー。こういう場面での彼女は本当に頼りになります。

 老人はなおものんびりとした佇まいを崩しません。


「一つお尋ねしてもよろしいかな?」

「……なにかしら?」

「そこの木立につないである馬で先回りをした。それはわかる」


 にわかに老人の目が鋭くなります。


「だが、なぜわしらの逃走ルートがわかった?」


 エリーはにやりと悪党めいた笑みを浮かべると、雅さんの方へ目をやります。

 無言で、なにか細長い物を取り出す雅さん。 

 切断された僕の右腕でした。


「うちの奴隷が院長と一緒に孤児院の方へ走ってくのを、見たって人がいたわけ。で、あたしらも、すぐに孤児院に向かった。結局、こいつは見つからなかったんだけど、代わりにこれが地面の上をうろちょろしてたのを発見したのよ」


 雅さんから受け取った腕を持ち上げてみせるエリー。

 僕は、切り飛ばされた自分の手を動かし、院長に中指を突きつけました。


「言ったでしょ? 僕の腕は、切り離されても生き続けることができるって。地面に伝言を書いたんですよ。『敵はリタワーズの西側の旧街道を馬車で逃げてる』ってね」


 老人の目が丸くなります。次いで、彼は心底愉快そうに笑いました。


「ほぉーっ、ほっほっほっ……いやいやこれは驚きましたよ。しかし、わしにもようやくわかりました」


 笑い声が途絶え、蛇のような目が僕を捕らえます。


「そのマルタは勇者ですね? いやはや話には聞いていたが、まさか本当に実在するとは」


 エリーは、一瞬驚いた表情を浮かべて、無言で、老人を睨みました。


「返答がないところを見ると、やはり本物のようですね。とんだ事態だと思っとりましたが、むしろとてつもない幸運に巡り会ったらしい」

「そういう台詞はあたしらを倒してからにしなさい!」


 言うが早いか高速詠唱に入るエリー。

 しかし、老人は余裕の態度を崩しません。

 妙な予感がした僕は、彼がいまだに手を後ろに回していることに気付きました。


「雅さん、物理攻撃をして下さい! その人は馬車の中であらかじめ呪文を唱え終えてる!」


 雅さんはさすがの反応で老人へと駆けましたが、わずかに間に合いませんでした。


幻覚(イリュージョネス)


 老人が腕を前に戻しながら、叫びます。

 その手には水晶のついた杖が握られていました。

 雅さんの手から刀が滑り落ちます。

 空中に妙なものが現れていました。例えるなら、天使の輪とでもいうべきでしょうか。 仄白い光の輪が雅さんの頭に取り憑いているのです。

 

 どさりという音が、すぐ近くで上がりました。振り返ると、エリーが地面に倒れ伏しています。彼女の頭部にも同様のものが取り憑いていました。

 慌てて、彼女の傍らへかがみ込む僕。うわごとのような呟きがその口から流れます。


「熱い……熱いわ……」


 そう言いながら、かきむしるように着衣をはだけるエリー。


「ど、どうしたんだよ?」


 あらわになった胸元を極力見ないようにしながら、僕は尋ねます。


「熱くて我慢できない」


 はっ、はっと犬のような短い吐息が、彼女の口から洩れます。まるで、熱病に罹っているようです。

 僕は彼女の額に、自分の額を押し当てました。

 しかし、熱はないようです。

 両腕を失っているため、「ごめん」と一言断ってから、体に顔をくっつけてみました。

 やはり、特に熱は感じません。むしろ少し冷たいくらいです。


「無駄じゃよ」


 老人の静かな声が響きます。


「幻覚の魔法は、相手の頭に直接まぼろしを送り込む。ほれ、その頭にへばりついとるのが、そうだ」


 老人の杖の先で、紫色の光が怪しげに瞬いています。それに呼応するように、エリーの頭の輪も瞬いていました。


「今、そのお嬢さんは、存在しないはずの高熱に身を焼かれておるんじゃよ。助ける方法はない。わしが魔法を解かない限りな」

「なら、あんたに解いてもらう」


 僕はそう言って、老人に向き直ります。

 小馬鹿にするように「ほ」と声をあげる老人。僕が彼に近付いていっても、余裕の笑みを浮かべて、その場を動こうともしません。

 ちらりと倒れている雅さんに目をやると、彼女は雪山で遭難したかのように、がたがたと全身を震わせていました。


「さて、おまえはどうしようかの? 熱いのがいいか、それとも寒いのがいいか? まあ、体は不死身でも、幸い痛みは感じるようじゃし、痛みを与えるのが一番か――ほれ」


 そう言って、僕の方へ杖を突き出す老人。

 水晶が一際強く、紫色に輝きました。


「ほーっ、ほっほっ。どうじゃ、わしの魔法の味は? 痛かろう? ん? とても痛かろう?」

 

「いえ、悪いんですけど、全然痛くないんですけど」


 きょとんとする老人。僕はさらに歩を詰めます。

 初めて、敵の顔に焦りが現れました。


「ほれ! ほれ! ほれぇぇぇっ!」


 そう言いながら杖を振り回しますが、やはり痛くもかゆくもありません。なんとなく頭の周りに変な物がへばりついている気もするのですが。


「こ、これはいったい!?」


 ついに眼前まで来た僕のことを、老人は唖然とした顔で見あげます。

 僕はにっこりと微笑みかけました。


「なんか知らないけど、その魔法、僕には通用しないみたいですね」


 そして、思い切り頭突きをしました。

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