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旅は肉(ミンチ)連れ、世は情け容赦なし(8)

 翌日。


 僕は雅さんとともに、リタワーズの商店を巡り歩いていました。

 旅程で消費した物資を、補充するためです。

 必要な物を一通り入手した頃には、太陽が真上に差し掛かっていました。


「雅さん」


 僕は傍らを歩く忍者装束の女性に声をかけます。

 ちなみに、エリーは朝早くから町役場へと赴いています。

 この辺りの村落は、すべてこの町の管轄下にあるため、ペイの村での出来事を報告する義務があるとのことでした。


「なにか?」


 彼女はいつものように、能面めいた無表情で振り向きます。


「あなたにお願いしたいことがあるんです。とりあえず話だけでも聞いてくれますか?」

「それは構いませんが、元の世界に帰して欲しいという願いなら、無理ですとお伝えするしかありませんよ」

「いえ、そうではなくてですね。実は捜して欲しい人がいるんです」


 微かに眉を寄せる雅さん。


「念のために尋ねますが、その人は『こちらの世界』にいるのですか?」

「はい」

「……妙なことを言いますね。あなたは、この世界に来てまだ日が浅いでしょう。しかも、ほとんど一人で行動することもなかったはず。いったい、人捜しするほどの知人をいつ、作ったのですか?」

「いやいや、そうじゃなくて」


 と首を振る僕。


「僕が捜してるのは『元の世界』の人なんですよ」


 雅さんが足を止めました。


「どういうことですか?」

「実は、僕が召還されたときに近くにいた人たちが巻き込まれてしまったみたいなんです」

「あの山小屋で発見したマルタたちのことですか? あなたの学舎の先輩だという……」

「そうです。でも、彼らだけじゃなくて、あと一人、この世界に来てしまった人がいるはずなんです。その人も僕の先輩なんですが――」


 僕は、桐島先輩の特徴を思い出せる限り詳細に伝えました。

 雅さんは、無言で耳を傾けます。


「話はわかりました。できる限りのことはしましょう」


 ほっとする僕。


「しかし、わかりませんね」

「え? なにがですか?」

「あなたのことが、ですよ。なぜ、そのマルタのことを、そこまで気にするのですか?」

「なぜって……そんなの当たり前じゃないですか」

「あなたは、学舎にて、その先輩たちから迫害をうけていたのでしょう?」

「迫害って……まあいじめられてたのは、事実ですけど」

「ならば、恨みこそすれ、身を案じてあげる義務は、まったくないはずです。こちらの世界でのたれ死にでもしてくれれば、かえって都合が良いというものではないですか?」

「なに言ってるんですか!」


 僕はびっくりして叫びます。


「もう三人も犠牲者が出たんですよ? 桐島先輩にだけは、なんとしても無事に元の世界に戻ってもらわないといけないんです!」

「……またひどい目にあわされるかもしれないのに?」

「悪いのは、行為であって行為を行う人じゃない。あの先輩たちとだって、時間をかけて話し合えば、きっとわかりあえたはずなんです……」


 残念ながら、その機会は永遠に失われてしまいましたが。


「…………………………」


 雅さんは長い間、じっと僕の顔を見つめ続けました。

 雑踏が迷惑そうに道に立ち尽くす僕たちをよけていきます。

 太陽が中天にあるため、雅さんの陰が、彼女の足下に円となって落ちていました。まるで、地に続く穴が、彼女を飲み込もうとしているように見えます。


「あなたはこの街をどう思いますか?」


 ふいに、彼女が口を開きました。


「この街をですか……」


 急な質問に若干戸惑いつつ、僕は、昨日、感じた違和感を思い出します。


「正直、なにか変な感じがしますね。なんかこう、不自然っていうか…」


 実のところ、その感覚は今も継続していました。


「どのようなところを不自然に思いました?」


 僕はしばしの間、黙考します。


 脳裡に昨日からの光景を、順繰りに思い浮かべてみました。

 魔族のストリートチルドレン。マルタ専門の孤児院。そして、病気の妹を医者に診せることもできなかったアトス。

 

 僕は通りに視線を馳せます。今日も多くの魔族の子供たちが、ぼろぼろの服を着て物乞い同然の行為をしていました。


「雅さん、この街でも魔族がマルタを支配してるって、構図は変わらないんですよね?」

「もちろんです」

「だったら、なぜ魔族の子供がストリートチルドレンをしてるんですか?」


 僕は彼女へと向き直ります。


「おかしいでしょう? だって、マルタの子供が孤児院で暮らしてるんですよ? なのに、支配者側の魔族の子供が路上で生活してるはずないじゃないですか」


 僕の感じた違和感の正体。それは、支配構造から描かれるビジョンと眼前の光景の差異でした。

 魔族は悠々自適に暮らし、マルタは細々と暮らしている。それが、この世界の支配構造から導き出される本来の姿のはずです。

 しかし、現実はどうでしょう。

 マルタの孤児には、最低限の衣食住が施されているのに、魔族の子供にはそれがなされていない。

 これではあべこべではないですか。


「不自然……不自然ですか……」


 低い笑い声が響きます。僕は、その嘲笑が雅さんから発されていることに、気付きました。彼女が笑うなんて、失礼ですけど、それだけでかなり不気味です。

 しかも、笑い方にどこか聞き覚えがあるような……。

 唐突に笑い声がやみました。顔をあげた彼女は、元の無表情に戻っています。


「失礼。しかし、奴隷階級のマルタが、貧しい魔族の子より大切にされるのは、少しも不自然なことではありませんよ」

「なぜ?」

「それはこの世のすべての存在が、本質的に自己の利益のみを追い求めるからです」


 意味がわからず、首を傾げる僕。


「わかりやすく言えば、弱肉強食ということです。あなたも知っているでしょう? 強者が弱者から奪うのは当然という自然界の大原則ですよ」

「いや、それは知ってますけど、動物社会の話でしょ? 魔族は――いや、僕たち人間もですけど――その原則を脱出して、助け合いの社会を築いたわけですし」

「ならばなぜ、富める魔族たちは、マルタの孤児院に費用を惜しみなく出すのでしょう――自分の家の前で飢えに苦しんでいる同族のことは、見て見ぬ振りをするというのに」

「………………」

「こたえは簡単。それは、自分の利益になるからです。マルタだって、自分の家畜は大切にするでしょう? 貧しい者のために寄付する金は惜しんでも、自分の家畜を育てるためにはお金を惜しまないでしょう?」

「じゃあ、あの孤児院の子供たちは……」

「そうです。あそこは金持ちの貴族たちの畜舎のようなものです。身寄りのないマルタの子供は、奴隷としてもっとも好適ですから」

「つまり、大人になったら、あの子たちはみんな魔族に引き取られていくってことか……奴隷として」

「もちろん。でも、金持ちの魔族の元に出荷されるというのは、幸運なほうなのですよ?」


 雅さんは平然と言い放ちます。


「とにかく、これであなたがいうところの『不自然さ』の理由は理解できたはずです。助け合いの社会? そんなものは夢想家の頭の中だけにある理想郷にすぎないのですよ。現実は昔も今も弱肉強食なのです。魔族も」


 彼女の視線が僕を捕らえます。


「あなたたちマルタも」

「……………」

「さて、そこでわたくしからも一つ質問をさせていただきます」


 すうっと雅さんの切れ長の目が、細まりました。


「あなたは昨日、魔族の子供を助けましたね? なぜ助けたのですか?」


 背中を冷たい戦慄が走り抜けます。まるで、周囲の空気が急に冷えたようでした。

 眼前の女性の瞳には、とてつもない酷薄な感情が浮かんでいます。

 僕は、それが、突発的に現れたものではないということを悟ります。まるで普段石をのせて沈めていたものが、心の深淵から急速に浮上したかのように……。


「なぜって……そりゃあ助けてあげたかったからですけど」


 内心萎縮しつつも、そうこたえる僕。


「それがなぜなのか、尋ねているのです。あなたはマルタで、あの兄弟は魔族。にも関わらず、なぜあなたは自らの左腕を用いて彼らを救うことを提案したのですか? ――あなたになんの利益もないのに」


 僕は慎重に返す言葉を吟味します。

 それから、ゆっくり口を開きました。


「僕は、雅さんの理屈が間違っているとは思いません。たしかにあなたが言ったことは一つの真実なんでしょう。でも――」


 僕は正面から、彼女と目を合わせます。


「僕は、それでも社会は思いやりで、できていると信じたい」

「………………」

「目の前に、僕でも助けられそうな人がいた。だから、助けた。ただそれだけですよ。相手が人間とか魔族っていうのは、関係ないです」


 突然、雅さんの顔にある表情が浮かびました。


 彼女は途方にくれたような顔をしていました。たとえるなら、深い森の中で迷った子供のような表情とでも言いましょうか。

 瞳の奥に疲労を浮かべ、目の前の僕が道標でもあるかのようにすがるような眼差しになっているのです。


 僕は唖然として、彼女の顔を見つめますが、次の瞬間、その表情が元に戻りました。ぼそりと短い言葉が、形の良い唇からこぼれます。


「相変わらず、迷惑な……」

「え?」

「なんでもありません。それより、そろそろエリザベート様をお迎えにいかねばならない時刻です」


通りの彼方へ視線を向ける彼女。その横顔には、完璧な無表情が浮かんでいます。今しがた目にしたものが幻だったかのように。


「あなたは、荷物を持って一足先に宿へ戻ってください。お迎えは私一人で十分ですので」


 返事を待たず、歩き去って行く雅さん。僕は、その後ろ姿を呆然と見送ったのでした。


       ◆◆◆◆◆◆◆


 宿に戻ると、見知った人影が僕を出迎えました。


「あれ? 院長さん?」


 と声をかける僕。その人は、昨日お邪魔した孤児院の院長さんでした。


「おお、ちょうどよいところに」


 院長さんはそう言うと、なぜか僕の後ろへと目を送ります。


「どうしたんです?」

「あ、いえ、魔族の方々のお姿が見えないので…」

「ああ、彼女たちなら、今、町役場に行ってますよ」

「すると、現在はあなた一人しかいないのですか?」

「そうですけど」


 ふいに、口をつぐむ院長さん。

 僕は怪訝に思いながらも、宿の入り口を示します。


「エリーに用事があるなら、中で一緒に待ちますか? すぐに戻ってくると思いますけど」

「いえ」


 院長さんが首を振ります。

 僕は、そのときになって、ようやく彼がどこか異様な雰囲気を醸し出していることに気付きました。よく見ると、顔が強ばっており、どこか落ち着かなげに、目を彷徨わせているのです。


「……どうしたんですか?」


 そう尋ねると、彼はすくい上げるように僕の顔を見つめました。なんとなく顔色をうかがっているような仕草です。昨日も思ったんですが、この人、やたらと卑屈な態度をとっているように見えます。

 まあ、魔族が相手なら仕方ないのかもしれませんが、同じマルタの僕にまで、気を遣わなくていいと思うのですが。


 彼は左右に視線を走らせると、声をひそめて言いました。


「実は、例の事態が起こったのです」

「例の事態?」


 眉を寄せる僕。院長さんは、そんな僕ににじり寄ると、さらに声をひそめて続けます。


「つい先程、孤児院から子供がいなくなってしまったのです」

「なんだって?」


 どさりと僕の手から荷物が落ちます。


「大変じゃないですか! すぐに役場に知らせて人を呼ばないと!」

「いえ」


 彼は慌てて、僕を制します。


「その時間がないから、ここにやって来たのです」

「どういうことですか?」

「実は、手がかりとなるような物を見つけたのです」


 院長さんが舌を湿らせて、言葉を続けます。


「子供の姿が足りないことに気付いた私は、すぐに付近を捜索しました。すると、普段ほとんど使われない野道に、一台の馬車が止まっているのを、発見したのです」

「じゃあ、その馬車に――」

「いえ、それはわかりません。私には確認することができなかったので」


 『なぜ確認しなかったんだ!』と言いかけて、僕はぎりぎりで思いとどまりました。

 ……確かに、もしその馬車が人攫いの魔族のものなら、ただのマルタである彼には、危険すぎるでしょう。


「申し訳ない……。調査員の方々なら、お力を借してくださると思い、ここまで駆けてきたのです。すぐに馬車に乗り込もうかとも思ったのですが……」

「いや、それはまずいです。もし院長さんが捕まったら、馬車は即刻その場から逃げ出しますよ。そうしたら、せっかくつかんだ手がかりがパアになります」


 そして、犯人はもう二度と同じ過ちを繰り返さないでしょう。

 ここは、はやる気持ちを押さえて、手助けを求めるのがベストです。不運なのは、求めた先に、役立たずのマルタしかいなかったことなのですが……。


「助けてください! もう、かなりの時間が過ぎてしまいました。早くしないと、犯人が現場を離れてしまいます。いや、もう手遅れかもしれない。やはり、私一人でも、馬車に殴り込むべきだったんだ!」

「落ち着いてください」


 言葉を紡ぐうちに、半狂乱になってきた院長さんを、僕は懸命に宥めます。一方で、必死に頭を巡らせました。

 ここから役場までは、どんなに急いでも往復で1時間はかかります。対して、宿から孤児院までの距離は、それほど離れていません。全力で走れば、20分もかからないでしょう。

 一番いいのは、馬を使うことですが、僕は乗馬ができませんし、そもそもマルタの僕たちに馬を貸してくれる魔族がいるとは思えません。やはり走るしかないでしょう。


「院長さん、馬車を見つけてどのくらい経ってから、ここに来ました?」

「すぐです」


 ということは、まだ20分しか経過していないことになります。

 僕はちらりと通りの向こうへ視線を送りました。エリーたちの姿は、いまだ見えません。

 今すぐ戻らないと、犯人が逃げてしまうかもしれない……しかし、いざ戦いとなった場合、彼女たちの力がないと――


「もう我々だけで、助けるしかありません! お願いです! 一緒に来てください!」


 すがりつくような声で、必死に訴える院長さん。もはや彼の頭の中には、さらわれた子供のことしかないのでしょう。

 僕は、計算を巡らせるのを放棄しました。

 迷っている暇はありません。すぐに行動しないと手遅れになってしまいます。


「僕も一緒に行きます。その場所まで案内してください」

「はいっ!」


 院長さんは踵を巡らし、猛然と駆け出しました。

 僕は、もう一度だけ振り返り、エリーたちの姿がないことを確認します。

 ふと、自分が、大変まずい選択をしようとしているのではないかという、不安が沸き起こりましたが、頭をふって追い払います。


 ――迷っている暇はない


 僕は、彼の背中を追って、走り始めました。

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