旅は肉(ミンチ)連れ、世は情け容赦なし(5)
というわけで、村長さんの息子、マルコスは逮捕となりました。
「大変申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるヨッサムさん。
「すべては私の監督不行き届きが原因です。私の怠慢により、三人もの若者が道を踏み外し、さらにはあなた方の身に危険を及ぼすこととなってしまいました……」
うつむく村長の声は、後悔の念に満ちていました。
気絶したマルコスは、現在、縄で厳重に縛られ、村長宅の裏にある牢屋の中へ閉じ込めてあります。
目を覚ました彼を尋問した結果、犯行に及んだ者が他に二名いることも判明。いずれも村の若者で、主犯格のマルコスの誘いをうけ、犯行に加わったとのことでした。
もちろん、彼らもすぐに捕らえられ、リーダーと一緒に拘留してあります。
「もういいわよ。謝られても困るわ。危険は承知の上の仕事なんだから」
繰り返し謝罪する村長に、エリーはむしろ同情するような口調でこたえます。これからの村長の苦労を思うと、僕も同じ気持ちになりました。
ふいに、エリーがちらりと目配せします。雅さんが、小さく頷いて口を切ります。
「ところで、村長殿に一つお願いがあるのですが」
「はい、なんでしょう? 私にできることでしたら、どのようなことでも承りますが」
「では、遠慮なく申し上げます」
雅さんは、淡々とした口調で次のように語りました。
犯人をつかまえる際、彼女は密かに幻術魔法を用いた。その結果、村人達はあらぬ幻覚を見てしまった。死者が平然と動き回っていたかのような幻覚で、これを現実に起こったことと、大半の魔族が誤解してしまっている――
「というわけで、その件がただの魔法の影響であったと村の方々に説いて頂きたいのです」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと……。
僕は呆れて、彼女のポーカーフェイスから目をそらします。
隣のエリーなんて、吹き出すのを懸命にこらえている始末です。
「わかりました」
村長さんは、なんの疑いもなく頷きました。ちなみにこの人にも、僕が勇者であるということは伏せてあります。
僕たちは、疲労を理由に、エリーの部屋へと移動しました。
「あー、さすがに疲れたわ」
エリーは即座にベッドに横になり、嘆息をもらします。
ちなみに僕に割り当てられた寝室は、当然エリーらのような客室ではなく、邸宅の脇に設えられた馬小屋の二階でした。これでもマルタの扱いにしては、いいほうなんだとか。
「で、次のあたしたちの行き先だけど」
俯せになったまま、エリーが切り出します。
「やはりリタワーズへと赴きますか」
平坦な声で雅さん。
「うん。やつの言ってたことがマジなのか、調査しないとね……」
ヤツとは、マルコスのことです。
エリーと雅さんは、どうしても彼から聞き出したいことがあったそうです。
それは、例の木に彫りつけてあった魔法陣のこと。辺境の、はっきりいってほとんど学のなさそうな彼が、あのような高度な魔法陣を作成できるとは到底思えない。
自ら作成できないのであれば、他の者に教えてもらうしかない。
そう考えたエリーらは、マルコスを尋問し、洗いざらい吐かせました。
結果、彼女たちの予想を遙かに超える、恐るべき事実が明らかになったのです。
「カニバル・カーニバルか……噂には聞いてたけど、まさかこんな所でその名を聞くことになるなんて……」
エリーがぼそりと呟きます。
「マルタを捕食することを目的とした秘密組織って話だよね? でも、それって犯罪集団なんじゃ……」
僕の問いに、彼女は勢いよく吐き捨てます。
「当たり前でしょっ! 女王様の規則を平然と破ろうって連中の集まりなんだからっ!」
「その組織とつながりのある者が、この村の近隣の街リタワーズに潜んでいる。魔法陣の作り方は、その者から学んだ。あの男の話ではそういうことですが……」
雅さんとエリーは、しばしの間、黙考します。
「……たしかに、眉唾っぽいけど、調べてみないと始まらないわっ! リタワーズへと向かうわよ!」
エリーは力強くそう宣言しました。
それから、ふとこちらを向き、どこか言いにくそうに、口を開きます。
「あー、そのなんだ」
頬をぽりぽりするエリー。
「あんたも今回は、よく頑張ったわね。いちおう褒めといあげるわ」
「え……」
僕はぽかんとして、彼女を見つめます。もしかして、僕の耳はおかしくなってしまったんでしょうか? あのエリーがこの僕に対して、ねぎらいの言葉をかけるなんて……。
エリーの顔が、急速に赤くなります。
「べ、別にあんたが、わりかし機転が利くとか感心したわけじゃないんだからねっ。奴隷がちゃんと働いたら、ご主人様としてご褒美をあげるのは、当然ってだけなんだからっ!」
「はあ……」
「てことで、なんか一つご褒美をあげる。言ってみなさい」
急に言われても……。まさか元の世界へは帰してくれないでしょうし。
しかし、僕の脳裡を一つの想いがよぎりました。
「先輩たちを埋葬したい」
エリーと雅さんが怪訝そうに顔を見合わせます。
「あの山小屋には、まだ先輩たちの遺体があるんだ。彼らを埋葬してあげたい」
◆◆◆◆◆◆◆
僕は先輩たちの亡骸を、土の上に寝かせました。ばらばらになった体を元通りにするのは無理でしたが、なるべく生前と同じ姿になるよう、丁寧に並べてあげます。
「エリー」
「ん?」
「火炎の魔法で焼いてあげてくれないか? 僕のいた国では火葬するのが一般的なんだ」
エリーの魔法により、三人の遺体が荼毘に付されます。
僕は天へ上っていく黒い煙を前に、静かに手を合わせました。
願わくば、先輩たちの魂が異国の空を超えて、日本へと帰れますよう……。
山小屋には他の遺体もあったので、僕はそのすべてを埋葬してあげました。
もし僕がもっと早くこの世界に来ていたら、彼らは死なずに済んだのでしょうか……。
◆◆◆◆◆◆◆
すぐ側を二頭立ての馬車が、埃を巻き上げて通過します。
道端に立っていた魔族の子供が、咳き込んで顔を背けました。
少年は、すぐに向き直り、満面の笑みを浮かべます。
「そこの、美人のおねえちゃん! よかったら、僕の作った花を買ってってくれよ!」
そう言って、かごに入った造花を差し出す少年。取り出された花は、お世辞にも傑作とはいえない出来でしたが、エリーは手に取って、にっこり微笑みます。
「んじゃ、もらおーかな」
「はい、ありがとうっ! 10ゴールドだよ」
エリーが懐から硬貨を取り出します。
それを見て、少年が目を丸くしました。
「おねえさん……値段を間違えてるよ? それ、100ゴールド金貨じゃないか」
「いいのよ。可愛い花を選んでくれたお礼」
エリーはそのまま、歩き始めます。
ここはリタワーズの街。
ペイの村から二日かけてここまでやってきた僕たちは、宿をとるとすぐに町役場へ向かいました。目的はもちろん、カニバル・カーニバルについての手がかりを探ること。最近、街で起こった事件を調べ、そこから件の組織へ通じる糸をたぐろうという方策でした。
「エリザベート様、いまのような行為は極力慎んだ方がよいかと思われます」
雅さんがふいに口を開きました。
「簡単にお金を渡すのは、危険です。つけあがられたり、甘くみられたりして、場合によっては身に危害が及ぶ可能性がございます」
「あー、わかったわかった。ときどき、あなたも兄貴みたいなこと言うのよね~」
ひらひらと手を振って、適当に聞き流すエリー。
僕たちは、低い建物の並ぶ通りを進み続けます。
活気に満ちた街でした。露店で大声をあげる商人。飲食店からは、オーダーを確認する声と、真っ昼間から酒を飲んでいるのか下手な歌が聞こえてきます。
魔族に混じって人の姿も見えますが、彼らの大半は荷物持ちや皿洗いなどを黙々とこなしていました。
恐ろしいことに、だんだんと人が奴隷として働かされている姿に見慣れてきつつありましたが、やはり気分のいい光景ではありません。
サンカレドニアには及びませんが、このリタワーズも中々の規模の街のようです。
しかし、王都では見られなかった光景が、一つありました。
「おねえちゃん、俺がつかまえたカエルを買ってくれよ! 取れたてでおいしいよ!」
「あたしの作った歌を聞いてくれませんか? お代は5ゴールドでいいですから」
「荷物持ちなら、俺にまかせてくれ! マルタなんかにまかせないほうがいいぞ。臭いがこびりつくからな!」
少し歩く度に、大勢の子供たちがエリーらに群がってきます。
ストリートチルドレン。
年端もいかない少年少女たちが、通りの至るところをうろついているのです。
彼らはわずかな収入を得ようと、必死に自分をアピールしていました。
僕は、子供たちの頭に角があることに気付きます。
ふと、疑問を覚えました。
すぐ側を歩いている角のない男性。巨大な壺を肩に担いでいる彼は、筋骨隆々で肌にも張りがあります。対して、いまエリーにカエルを売りつけようとしている少年は、がりがりにやせ細り、土気色の肌をしていました。
「あのさ、エリー」
「よし、ここねっ!」
僕が問いを発しようとした途端、エリーが足を止めました。
目の前には、他を圧するような高い石造りの建物がそびえています。
「ここがこの街の役場ね。行くわよっ」
そう宣言して、開きっぱなしの扉から入ってゆくエリー。雅さんがそのあとに続きます。
僕も扉をくぐろうとしましたが、その前にもう一度だけ街を振り返ってみました。
相変わらず、喧噪に包まれた町並み。
でも、僕の胸に、ある違和感が生じます。
この光景はなにかがおかしい……。
それは、初めて夜の首都を眺めたときの感覚に似ていました。眼前の風景の中に、ひどく歪なものが含まれているという……。