助走~武道こそイケメン
僕は留年した。
あの時の大怪我で最後の試験は受けられず、おまけに頭脳明晰にして優秀とは言い難い僕であるから、学校側も温情をかけられなかったらしい。そもそも外部と喧嘩沙汰を起こしているのだ。
「まあ、もう一年頑張ろうや」
いつも厳しい体育教師のマツダはそう言って僕を慰めた。職員室でひときわ存在感を放つ頑健な肉体を前に僕は委縮していた。
「聞いたぞ。お前がまさか一人でS高の番長に殴りこみに行くとはな」
「……ご迷惑おかけしました」
「いやいい。確かに教師として褒めることはできないが、その勇気をお前が持っていたことは俺として嬉しい」
そう言うとマツダは僕に一枚の紙切れを渡してきた。
「空手部の入部届けだ。これに記入して、今日から道場に来い」
僕は驚いた。突然何を言い出すのか。
「いや、どうして」
「いいから黙って入れ。いいな」
マツダの殺人眼光に圧倒されて僕は入部を決めてしまった。
どうしてこんなことに……。
その日の放課後、僕は言われた通りしぶしぶ学校の道場に向かった。
靴を脱いで、恐る恐る道場のドアを開ける。
「失礼します……え?」
そこにはマツダが一人、道着に身を包んで端座していた。
「よし座れ」
マツダの他誰もいない道場を見まわしつつ、僕はマツダの前に正座した。
「あの……他の部員の方は……?」
「おらん」
「え」
「お前が最初の一人だ。おめでとう」
にっこり笑うマツダの顔は余計に恐ろしかった。彼の小指をとっさに確認したほどだ。
「今日から俺が顧問。お前は主将だ」
縮こまる僕とは対照的に、がっはっはと哄笑するマツダはあたかも戦国の英雄然として豪気なものだった。
僕は悲壮な前途を思って苦笑いを返すことしかできなかった。
しかしこれこそ後に僕が恩師と崇める、マツダ先生との出会いだったのだ。