挫折~憤激のイケメン
あれから僕はしばらく立ち直れなかった。
初恋だった。本当に好きだった。
いつか僕がいじめられている時にはかばってくれた……。
名前は亜理紗。昔から誰にでもわけ隔てなく優しい子だった。たしかに僕ではあの子の彼氏になれないかもしれない。でもあの子の手を取るのは、男前で、だけどちょっと抜けたところのあって、男にも女にも信頼されるような本当の紳士であって欲しかった。
それがどうだ。
彼女を手込めにした男はわかっている。僕の通うM高校とは駅ひとつ隔てたところにある県下有数の進学校Sに通っている。くだらないファッションに身を包み、長髪をわけのわからない色に染め上げ、糞みたいな言葉使いで軽々しく紳士の教典を踏みにじるような下賤な男だ。
この男の悪評は世事に疎い僕すら耳にしたことがある。
部活の交流で知り合ったあの子に、よりによってこの男が目をつけたらしい。
怒りに震え、しかしどうしようもなく、無気力と怒りの間におかれた僕は家に引きこもるしかなかった。
○
「おいコラ」
呼ばれて僕は目を覚ました。
「なーに馬鹿みてえつっぷして寝た振りなんかしてんだ」
声の主はトオル。僕を気にかけてくれる数少ない友人の一人で、実に小学校からの付き合いだ。引きこもっていた僕を、話を聞きつけて学校に引っ張り出してくれたのはこの男だ。
「休み時間にひとりで寝てんじゃねえって何度言ったらわかんだ?」
「うるさいな……」
「ふざけんなよコラ。おい、いいか、お前が変わりたいっつーから色々教えてやっただろうが。この分だとちっとも変っちゃいねえようだな。」
そうだ。彼が僕を引っ張り出そうとしたとき、僕は自分の思いを洗いざらいぶちまけた。それ以来何かと世話を焼きに来る。
しかも、
(あれ誰だ?)
(てゆうか……あの制服、S高の生徒じゃね)
(なんでうちの高校に来てんだよ。笑いに来てんのか)
そう、彼は例のS高からわざわざ出張してきているのだ……。
こんなおせっかいをしてくれる友達が僕にいるなんて自分でも信じられないことだと思う。口は悪いけれど。
「口が悪いは余計だボケ。あと友達じゃなくて‘ツレ‘って言えっつったろ」
「いや、心を読むなよ……」
「おっ、昼休みが終わっちまう。帰るわ」
ツレは自転車をすっ飛ばして帰って行った。
彼が帰ると僕はまた寝る態勢に戻った。
そしていまだ心を病んで入院している亜理紗のことを思って今日も泣いた。