1-4.河童の出る川
そうしてやってきた長冷川の河原は、手入れが行き届いていない所が多く、ぼうぼうの草に囲まれていた。
とりあえず探そうという事になり、土手を慎重に降りて川べりを散策する。シュンちゃんはなんのためらいもなく河岸やぬかるんだ葦の草むらにスタスタと近づいてく。
『シュンちゃん、そこの葦の草むらは底なし沼みたくなってるから気をつけて。あ、あと河岸も近づき過ぎると滑ったとき危ないよ』
彼の袖を掴んだままあちこち注意を促すと、シュンちゃんは口を結んで尖らせた。
『引っ張んないでよ。わかってるってば』
頭で理解するのと実際に気をつけるのは似ている様で違う。
私は父と母がいつもそうしてくれるように、シュンちゃんと川の間に入りこんで歩いてみた。
『⋯⋯さあちゃんがそこにいると全然見えない』
確かに。仕方なく後ろに回って、何かあったら掴めるように控える事にした。
シュンちゃんは都会の子らしく、その辺の草や虫や草むらに落ちているビービー弾にも感動していた。
途中見つけた平たい石で石切りをしてみせると、シュンちゃんが僕にも教えてと言うので投げ方をレクチャーする。
しかし上手く伝わらなかったのか、何度やっても彼の石は一回跳ねるだけですぐに沈んでしまった。
それでもシュンちゃんの瞳はずっとキラキラしていて、この世のどんな宝石よりも価値があったに違いない。
そうしてしばらく横道にそれた後、せっかく持ってきたのだからときゅうりを一本罠として設置して、休憩する事にした。
シュンちゃんが持ってきてくれたシートに二人で座り、これまた彼が持ってきてくれたお菓子をいただく。
お菓子はどれもデパートで売ってる物ばかりで、私の家では贈答品かお土産でしか見かけない。私はきゅうりと麦茶しか持ってきてない事を申し訳なく思った。
『私ばっかり貰ってごめんね』
『いいよ。飲み物なくなって喉乾いたら、きゅうりもらうし』
シュンちゃんがしたり顔で笑う。
『なんできゅうり? きゅうりは飲み物じゃないよ』
バカ兼無知ゆえに冗談が通じない私に、シュンちゃんは顔を赤くしてムッとした。
『きゅうりは食べ物だけど水分が多いんだってば。さあちゃんもっと勉強しなよ』
『そうなんだ。シュンちゃんは物知りだね』
『いや僕が物知りじゃなくて、さあちゃんが⋯⋯』
多分バカ、と言いかけたんだろう。まったくもってその通りだった。こないだも国語のテストで三十二点だったし。
しかしシュンちゃんは目線を下に落とした。
『⋯⋯ゴメン』
『何が? シュンちゃんがわるいことなんて何もないよ』
私がバカなのは本当のことだし、と付け足すと彼は叱られた子どもみたいな顔をして首を緩く振る。
『さあちゃんはバカじゃないよ、色々僕に教えてくれたじゃん。興味が色んな事に向けば、僕なんかよりよっぽど賢いよ。本当ごめん、こんなこと、言いたい訳じゃないのに⋯⋯』
こんなこと、は私に対してだけの事じゃなくて他の事も含まれているように聞こえて、私はなんとも切なくなった。
多分今の素直なシュンちゃんが素の姿なんだろう。
学校での強くクールな姿が様になっていても、本当はもっとなんの気負いもなく思うままに振る舞いたいんじゃないんだろうか⋯⋯。
しょんぼりしてしまったシュンちゃんに何とか笑ってほしくて何かネタはないかと辺りを見渡す。
すると向こう遠くの草むらの奥深くに何か濃い緑の丸っぽい物が視界に入った。まさか。
『河童⋯⋯?』
『え、ウソ!』
シュンちゃんは意外なほど勢いよく立ち上がった。河童の頭(?)はその声に反応したのか草むら奥深くに逃げようとする。
私は虫網をひったくって緑の頭を走って追いかけた。シュンちゃんも一緒に続く。
『ねえ! ここの河童、相撲に勝つと、薬をくれるんだって! もしいたら、僕、サトシ兄ちゃんに、あげたい!』
シュンちゃんが目をキラキラさせて息せ切らしながら言う。お兄さんがいたのを初めて知った。
『あ、違うよ?! 絶対、河童なんて、いないけど! もしいたら!』
やっぱシュンちゃん河童信じてたのか。
お兄さんに薬をあげたいだなんて、病気か怪我でもしてるんだろうか?
まあ細かい事情はなんでも良い。でもそれなら尚更捕まえなければ。
音感も運動神経もイマイチな私だったけど足の速さだけは自信があった。
シュンちゃんとの距離が遠くになるにつれて河童の頭との距離が近づく。
(イケる⋯⋯!)
思い切り虫取り網を振りかぶった。




