6-3.私
「あ」
そう、声が出そうになるのを飲み込む。
その線は既視感があった。
そして多分、今日、まさにここに来た目的そのもので、当時小学生だった私が見た切れ目そのものだった。
不思議と歩く足は止まらず、切れ目からは目が離せない。
切れ目は沈黙したままだと思っていたのに、目を凝らしてみると少しずつ開いているのに気づく。
開いた奥に、何かが見えた。私は、その何かにすごく見覚えがある気がした。切れ目がさらにググッと開く。
そこに見えたのは、人間の目だった。
切れ目はその人間の目を捉えたまま、テレビカメラが遠ざかるように、向こう側にいる目の持ち主をうつすように、引いていく。
不意にあの日、山で迷った時の小学生の自分の記憶を思い出す。
そうだ。あの時、私は切れ目の向こう側を一瞬見ていたんだ。
でも見たものが信じられなくて、瞬時に記憶を底に押し込めた。
あの時、小学生だった私が見たもの。
それはーーー高校生(現在)の、私だった。
切れ目の向こう側にいる小学生の私は、ぼんやりとこちらを見ていてるだけで動かない。
なぜ?
あの時私は、見た瞬間にシュンちゃんを連れて逃げ去ったのに。
でもよく見ると小学生の私だけじゃなくて景色ごと向こう側は止まっていて、私は直感した。
あの切れ目に走って飛び込めば、あの日に戻れるんだ。
根拠などなにもなかったけど、確信があった。
後ろにいるシュンちゃんはきっとこの事に気づいていないに違いない。
この手を強く引いて行けば、彼と一緒にそこに行ける。あの頃に戻れる。
きっと、ずっと。
今なら---
「さあちゃん」
彼の手を掴んでいた手が一層柔らかく重くなったと同時に名を呼ばれた。
「重いだろ? 俺、わざと体重かけてんのにさあ。お前なんで何も言わないんだよ」
振り向くと少し唇をとがらせたシュンちゃんが悪戯っぽく笑っていた。
その表情は昔と何も変わっていなかった。
彼はやっぱりあの切れ目に気づいていない。
私が何も言えないでいると、照れくさそうに目を逸らした。
「だからなんで黙るんだよ、なんか言えって。俺バカみてーじゃん」
そうやって少し拗ねたような顔がやっぱり美しくて、可愛くて。多分、この冷えてしまった空気を彼なりに頑張って取り成そうとしてくれたのがわかってしまって、私は胸がいっぱいになった。永遠に幸せでいてほしいと、あの時思った気持ちが鮮明に、いきなり春が来ていきなり花が咲いたみたいに蘇る。
この今は私が望む永遠よりも価値があるんだろう。多分、少なくともシュンちゃんにとっては。
シュンちゃんはずるい。
少し微笑んで見せるだけで、いとも簡単に私に大切の本当の意味を思い出させる。
「⋯⋯本当に大丈夫か?」
黙り込んでしまった私の顔をシュンちゃんが心配そうに覗き込む。
私はハッとした。
今まで消えていたオケラの声とついでに鈴虫の音までが一斉に聞こえてきた。
やっと自分が戻ってきた気がした。
「⋯⋯大丈夫。全く問題なし」
「本当かよ」
「うん。ちゃんと送り届けるよ。何があっても」
そう言ってシュンちゃんの腕をするりと離し、その手を取って、両手で宝物を持つように包み込む。
クリームの効果は今日の私には気休めだったようで、意識した途端にじわじわと汗が滲んでくるのがわかった。多分シュンちゃんも気づいてるだろう。
でも彼はそんな事気にしないのが当然であるかのように包まれた手を解いてから握手みたいに握り返した。
「なんだよ、送り届けるって。ほら、行くぞ」
今度はシュンちゃんが私の手を引いて歩いて行く。
切れ目があった位置に目をやると、そこにはもう何もなくて、ただ虫の声に包まれた木々があるだけだった。




