6-2.私
「どうしたの? なんかいた?」
私が側まで戻ると、シュンちゃんは右腕を差し出した。
「腕、引っ張って歩いて。疲れた」
「⋯⋯わかった」
私は自然な動作でシュンちゃんに背を向け、ポケットの中にある手汗用のクリームをさっと塗った。
シュンちゃんのお陰で手汗を恥とは思わなくなったけど、他人に触れる時はやはり気にするべきだ。
何事もなかったかのように振り返って、シュンちゃんの差し出された腕を掴む。
シュンちゃんは何故か少しムスッとしてるような真顔のような、はたまた何かを言いたそうにしてるような、そんな何とも言えない表情をしていた。
「なんか違った? あ、掴む位置おかしい?」
「⋯⋯別に。でも掴むのは手首か手にして」
じゃあ、と手首と手を取るか一瞬迷って、手首を腕寄りに掴む。
大丈夫。小学生の時のようなヘマはしない。強すぎず、かと言って引けない程ではない強さを慎重に保ちながら歩き出す。
望まれた通り先に歩いて彼を引っ張ると、体重をかけられているのか思いの外重かった。
「沙夜」
「なに?」
「⋯⋯お前、やっぱ変わったね」
「そうかな」
一言だけ返した私にシュンちゃんはそれ以上何も言わなかった。
私も彼の腕を掴んでせっせと歩く。
本当は私、シュンちゃんこそ、って言いたかった。
でも言わなかった。
私達は今度こそそれきり喋らなかった。
昔、あんなに迷い彷徨った裏山に迷うことは多分もうない。
私達が歩く先を、あの頃はなかった外灯が月よりも強く照らしてる。砂利道で歩きにくかった山道も、自然を楽しむ人向けにいい感じに舗装された。少し道を間違えただけで、彷徨ってしまった山道も、地図アプリの精度が上がってすんなりと帰れるようになった。迷子になった子どもの居場所もスマホがあればGPSでわかるようになった。
多分、こうやって時代は進化を続けていくのだろう。時代だけじゃない、もちろん人も。私もシュンちゃんも。
私は昔よりも色々とわかるようになった。
多分これはいい進化で、いい成長だ。その証拠に多少友達も増えて、多少勉強もできるようになった。
シュンちゃんだってそうだ。
もう孤高でもなければ孤独でもない。色々辛いこともあっただろうが、いい感じのルートを選んできっと成長できてここに来たんだ。
それはお互いにとって絶対良いことのはずだ。
でも。
でも、もう、きっと、シュンちゃんは二度と私をさあちゃんとは呼ばないのだろう。
それは成長や進化の切っても切れない副産物だ。
仕方のないものだ。
仕方のないものに思いを馳せるのは、合理的じゃない。
それなのに、そう思うと胸が締め付けられるようだった。
楽しかった記憶は始末が悪い。
今が悪い訳でもないのに、思い出だけがイヤミったらしく輝いて、もう戻れない現実が今に影を落とす。今この瞬間でさえ振り返る間もないくらい現在進行形で過去になって、この気持ちはどこにも行くことができないのに。
恋人になりたい訳じゃなかった。一番の友達だなんて、そんな胡散くさい位置にいたい訳でもなかった。
私は、あの日々が好きだった。
一話完結の物語が、成長も衰退もなく過ぎていく彼との日々が、当然永遠に続くんだって無意識に思ってた。明日は今日の延長線であることがただただ愛しかった。
無意識に彼の腕を握る手に力が入る。
昔、痛いと言われた事を思い出す。
けれども彼はもう痛いとも離してとも言わない。
視界に映る木々がにわかに滲んできて、だけどそれを認めたくなかった。
その時だった。
不意に目線の高さの先に違和感を感じる。違和感の原因を探すために、目だけ動かすと、進行方向の先、何もないはずの空間に"線"が浮かんでいた。




