5-1.シュンちゃん
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あれは小学四年生の運動会に向けてのペアダンスの授業の時のことだ。
『うわっ、犬飼の手めっちゃ汗かいてる! きったねー!』
そう言って目の前の男子は、ダンスをするために取った私の手をペイっと宙に放り投げた。
『ちょっとーやめなよーかわいそーじゃん』
嗜めてくれる正義感の強い女子もいたけど周囲はくすくす笑いで包まれた。
多分初めてのみじめな経験だったけど、仕方ないとも思った。
あの男子の反応が失礼なのは間違いないが、他人の汗なんて触りたくないものだ。
でもガラにもなく落ちこんでしまったのは、苦手なダンスの練習を父に協力してもらったからだ。
『これだけ家で練習したから、明日からの学校の練習も運動会も完璧だな!』
『明日の夜はさあちゃんの好きなチーズチキンカツだからね』
休憩中、水飲み場の隅で笑顔で送り出してくれた父と母を思い出すとお腹の辺りがキュッとなった。
そうしてひとり運動場をぼんやりと眺めていると、先生の集合という声が聞こえてくる。
でも立ち上がる気にならなかった。座ったままでいると周囲に影ができた。
『集合だって。行かないの?』
聞き覚えのない声に顔をあげると、至近距離に色白の美少女が立っている。
誰⋯⋯? と一瞬思った後で思い出した。
最近転校してきた子で、近所に越して来た子で、美少女じゃなくて美少年だ。
そういえば転校当初クラスが騒がしかった気がするけど、あまりに彼と接点がないから忘れていた。
なんでいきなり話しかけてくるんだろう。
ポカンとしていると、彼は『犬飼沙夜』と言った。
なんで名前を知ってるのか? 疑問には思ったけど、とりあえず頷く。
すると彼はペアダンスの相手になってくれるという。
ますます謎だと思うと同時にどうやって断ろうかと考えていた。
だってこの小綺麗な子にあの普通男子さえ拒否したこの汗のかいた手を、触らせるワケにはいかない。
彼が私の手汗の話を聞いていたかはわからないけど、理由をわざわざ言いたくなかった。




