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4-4.そうして



 暗闇を見つめてみる。木々の暗闇の中に、なにかがいるような気もするけど、それは気のせいかもしれない。


「祖父さんは最期の方、俺のこと全然わからなくなってた。認知症が急に進んだんだ。不思議だよな。あんなに一緒にいたのに。まあ、でも別に良かったよ、祖父さんが俺を忘れたって、俺が覚えてるし」


 シュンちゃんは思いきり息を吸ってから、「でもさ」と続ける。


「亡くなる何日か前かな。見舞いに行くとサトシ、サトシって俺の手を握るんだ。よく来てくれた、本当はずっと⋯⋯会いたかったって」


 サトシとはシュンちゃんのお兄さんの名前だ。

 私はいつかシュンちゃんが、お兄さんに河童の薬をあげたいとキラキラした瞳で言ったことを思い出した。


「俺すげー腹立ってさ。違う、俺はシュンだって言った。祖父さん、ハッとしてからすまなかったなって謝って⋯⋯。結局、祖父さんは死ぬまで俺とサトシを混同したままだった」


「⋯⋯お兄さんは、会いに来なかったの?」


「さあ。俺があいつを見たのは葬式の時だけ。母さんは忙しいから仕方ないって納得してたけど、多分俺が顔見せるなって言ったから表立って来なかったんだろ」


 どうして顔見せるなって言ったのだろう。だってシュンちゃんがお兄さんへの嫉妬だけでそんな事を言うようには思えない。


 理由を聞くのをためらっていると、彼は私の顔を見た。

 目が合うのを思わず逸らしてしまって、視線が泳ぐ。


 彼は視線を暗闇へと戻した。


「サトシと、義姉付き合ってたんだ。もう何年も」


 私はスマホを危うく落とすところだった。


「あいつは大学進学、義姉は就職。二人で計画して県外に出たんだ。血の繋がりはないとかの問題じゃない。ありえないだろ、本当、気持ち悪い⋯⋯」


 それは心底軽蔑したような呟きだった。


 シュンちゃんが二人の関係を知ってしまったのは、本当に偶然だった。

 シュンちゃんに気づかれた二人は初めはひどく慌てた様子だったけど、兄の方は腹を括ったのか”両親にはまだ言うな。いつか自分達で話すから”と義理姉の手を握りながら言ったそうだ。

 シュンちゃんは、バラされたくなかったら二度と俺の前に顔を見せるな、とだけ言った。

 おかげで両親は今でも気づいてないそうだ。


 家族に気づかれないのはシュンちゃんの望んだことだったけど、でもそれが更に彼を失望させた。

 兄にも義姉も、気づけない母も義父も。


 最期にそんな兄に会いたいと思った、最愛の祖父さえも。


「それでも祖父さんは最後にアイツに会いたいって思ったわけだろ? で、もし幽霊がいるなら、俺じゃなくてそっちに会いに行くんだと思ったら、スッゲー嫌な気分になったわけ。実際はわかんないけどさ。いや、こんなことに実際も何もないんだけど」


 シュンちゃんはこちらを見ないまま続ける。


「だからとにかく俺は納得したかったんだ。祖父さんが会いに来ないのは、幽霊が存在しないからで⋯⋯本当は俺より兄貴を可愛がってたわけじゃないって」


 そうすれば今際の際に兄の名を呼んだのだって、病気のせいだと折り合いをつける事が出来る。

 多分これがシュンちゃんなりの弔いなんだろう。



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