4-1.そうして
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夕方の七時を回った頃だった。
真夏のこの時間帯はまだまだ日が残っている。
私とシュンちゃんは、小学生ぶりにあの”異世界山”を訪れていた。
目指すのはもちろん私たちがあの日空間の切れ目を見つけた場所だ。
あれから異世界山は市の管轄になったとかなってないとか、そんな曖昧な話を耳にした気がしたけど、シュンちゃんと登って怒られて以来、一度も行った事がなかった。
昔はシュンちゃんの背を目指して歩いてた道を、今度は私がスマホを片手に先頭に立って歩く。
地図アプリのおかげで場所はなんとなくわかっていた。電波が悪くて時折現在地を見失うけど、記憶を頼りに進む。
道は歩きやすく、ローファーでも難なく歩く事ができた。後ろを歩くシュンちゃんはとても静かで、かろうじて聞こえるのは足音くらいだった。心配になって何回か後ろを振り返ると、彼はその度に「ちゃんといるって」と笑った。
「なぁ、どれくらいあの場所までかかる?」
「多分あともうすぐ。三十メートルもないくらい」
「早いな。昔はこの山が地の果てくらいに思えたのに」
「そうだね。あれ?」
「どうした?」
スマホから顔を上げると、目の前にあったのは開けた一面の芝生広場だった。
確かこの先にも木々に覆われた細い道が続いていて、その辺りがこの山の中腹なのに。
久々とはいえ残る違和感に、アプリを拡大して確認してみるが、マップに山の中の詳細な道の形までは記されていない。
でもこんな広場があった記憶はなかった。頼りない電波で検索をかけると地元の地域新聞のような記事が引っかかってきた。
「そっか。市の管理になって、地元の人が利用しやすいように工事したんだって。だからこの辺の木、全部切ったんだ」
広場の奥には休憩できるような東屋も建てられていた。
今も昔もここが自然あふれる場所には変わりはない。
けれどかつてあったアーチのように曲がっていた木々達は最大限に削られ、歩きにくい砂利は撤去され、あの切れ目を見つけた場所は完全になくなってしまっていた。
シュンちゃんは私の説明を聞いてるのか聞いてないのか、何も言わずに広場に向かって歩きだす。
そしてちょうど真ん中あたりで足を止めた。
「どうしたの?」
「こうやってなくなると、もう何がどこにあったのかなんて簡単に忘れちゃうんだなって思ってさ」
「もしかしたら、今立ってる辺りかもしれないよ」
「かもな」
シュンちゃんがどっちでも良さそうに軽く笑う声が聞こえる。
彼の表情は遠くて見えなくて、何を考えているのかわからなかった。
木々が減った裏山は空が広かったけど、昔よりは星が見えない気がした。シュンちゃんは電池の切れてしまったスマホを見ている。
「写真撮りたかった。こんだけの星空向こうじゃ中々見れないから、インスタにあげたかった」
シュンちゃんがそんな事を言うのが意外だった。
それに、前よりも星は見えなくなってるはずなのに、彼にとってはこれが満開の星空だと言うのが不思議だった。
「私のスマホ使う? 写真後で送るよ」
「そこまでは良いや。ありがと」
「そっか」
ーーー大丈夫だよ。心配しなくても、それを口実に連絡を取り始めたりなんてしない。
そう、言おうとしてやめた。
嫌味や捻くれているように聞こえそうだから。
もちろん拗ねる気持ちはゼロじゃなかったけど、そんなもの百の内の一程度だ。
シュンちゃんに望まれないことを私はしたくない。
昔から彼が寂しくないように楽しく過ごす一助になりたいだけだ。
でも、思考が周りくどくなってしまった気がする。何でだろう。こう思われたら嫌だとか、一々自分がどう思われるかを気にしてる。昔だったら間髪入れずに、ただ彼が笑顔でいてくれるなら、と後先考えずに走り出せていたのに。
もっと、私はシンプルだったはずなのに。
これはもっとシュンちゃんを好きになったからだとか、そんな素敵な感じの理由では多分ない。
「なぁ」
シュンちゃんがスマホを諦めて私を呼んだ。
「なに?」
「ここが異世界山って呼ばれた理由は何?」
もちろんその謂れを知っていたが、言うのを躊躇った。
理由が特に面白くもないので彼の期待はずれなんじゃないかと思ったのだ。
でもシュンちゃんは流石で、私の思考を知っていた。
「どうせ知ってるんだろ? 教えてよ」




