3-8.異世界山
長かった一日が終わりかけたその夜。
寝る前に父が部屋にやって来た。
父に謝ってなかった事を思い出して謝ると、父はもう十分叱られただろう、と眉を下げて頭を撫でてくれた。
『それでな、沙夜。今日山に行ったのは、本当にお前が行こうって行ったのか? 別にどちらのせいだとか、誰が悪いとか、お父さん、そんな事を言うつもりはないよ。ただ⋯⋯気になってな』
私はドキリとした。父は天然で優しいけど鋭いところがある。気づかれないのは難しいかもしれない。
けれど私にも譲れないものがあった。
『そうだよ、私が誘った』
父を見ないで頷く。
今日だけで二回も大人に嘘を吐いてしまった。罪悪感はあったけど、不思議と後悔はない。
暫しの間、父が私を見る。
私は心臓の音が父に聞こえてしまわないか心配だった。
長いような一瞬のような沈黙の後、父は意外にもあっさり、そうか、と言った。
そして自分の頭をかくと、『お前、シュン君は好きか?』と意外な事を聞いてきた。私は好きか? の『か?』 の時点で頷いた。
『シュンちゃんは、すごく綺麗で、大切にしないといけないから』
答えるのが早かった割に訳のわからない理由だと自分でも思う。
父は回答の内容よりもそのスピード感に面くらった様子だった。
『だよな⋯⋯はぁ、血は争えないな』
血とは何のことだろう。首を傾けると父はイタズラっぽく笑った。
『お前も父さんも美人に振り回される運命だってことだよ。母さんを見ればわかるだろ?』
『そっか』
軽くなった雰囲気に思わず笑ってしまう。親子に受け継がれた運命なら仕方ないなと思ったら、私の考えを読んだように仕方ないで終わらせちゃダメだぞ、と父は真剣な顔をした。
『シュン君が大切なら、ちゃんとその相手を大切にできるように行動しなさい。相手がどんなに望む行為でも大きなケガをしたり取り返しのつかない状況になるのは絶対にいけない。大切に思うだけで終わってはダメだ。ちゃんと大切にするにはどうしたらいいのか考えなさい』
はい、と短く返事をして父の言葉を頭の中で繰り返してみる。
父の言い方は抽象的で、多分当時の私は言葉の意味を完全には理解できていなかった。
けど、わからないなりに大切なものを大切にするという事を常に考えていようと思った。
真剣に見返すと父は、目元を緩めて優しい顔をした。
『沙夜がシュン君を大切に思う気持ちがあるように、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんや友達の皆がお前を大切に思う気持ちがある事を忘れないで、覚えていなさい。いいね?』
正直、自分にそこまで思ってくれるほどの友人がいるとは思えなかったけど、他は完全同意だった。
私は父の目をしっかり見て頷いた。




