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3-6.異世界山


『シュンちゃん』


 彼は返事をしなかった。

 いつもならどんなに不機嫌でもちらっと振り向いてくれるか、なにって言ってくれるのに。


 私は心配になって、強く握ってしまった彼の腕をそっと見ようとした。けど、彼は私に見えないように腕を押さえながら隠してしまう。


(もしかして本当に折れてしまったんじゃ⋯⋯)


 だから、何も答えないんじゃないのか。だから隠すんじゃないのか。どうしよう。だったら早く病院に行かないと行けないのに。でも私のせいで帰り道もわからない。


『シュンちゃん⋯⋯ごめん、本当に⋯⋯』


 私は自分が不甲斐なくて堪らなかった。

 彼の助けになりたくて一緒に来たというのに、自分のせいでこんな山の中を迷わせてしまっただけでなく、傷つけてしまったなんて。

 絞り出した声は自分でも驚くほど情けなかった。


 でもそれが功を奏したのか、やっとシュンちゃんは振り向いてくれた。


『⋯⋯え?! さ、さあちゃん⋯⋯な、もしかして泣いてるの? 泣かないで⋯⋯』


 シュンちゃんは、私が泣いてると思ったらしい。

 怒ってたのも忘れ焦った様子でハンカチを渡してくれた。

 綺麗にアイロンが掛けられたハンカチを受け取るが、私は実際泣いてはなかった。自分が情けなくて申し訳なくて泣きそうになってはいたけど。

 ハンカチを握りしめて俯いてると、彼は私に自分の腕を差し出した。


『ほら、本気でなんともないよ? さあちゃんがあまりにも僕の事無視するから、ちょっと仕返しっていうか⋯⋯って、嘘泣きかよ!』


 シュンちゃんがバッと私からハンカチを取り上げてから、呆れたようにため息をついた。


『つーか、さあちゃんは謝るポイントがズレてんだよ。僕の腕や迷ったことじゃなくて、やろうとした事を邪魔したのを謝ってほしいんだけど?』


『⋯⋯ゴメンネ』


『今の間は何? 悪いって思ってなくない?』


 実際それについては悪いと思ってなかった。

 噂が本当でも嘘でもシュンちゃんが目の前で違う世界に行ってしまうおそれがあるなら何度でも私は止めるだろう。これはどうしようない事だ。


 でも腕を引っ張った挙句道に迷ったことは本当に申し訳ないと再度謝ると、シュンちゃんは今度は大きくて長くため息を吐いてからその場に座った。


『まあ⋯⋯もう良いや』


 投げやりな言葉だけど、いつものシュンちゃんに戻っていた。いやさっきからシュンちゃんはシュンちゃんだけど。


 私もやっと人心地ついた気分になり、彼の横に腰掛ける。


『シュンちゃんは異世界に行きたかったの?』


『別に。そんなんじゃないよ。けど、』


 シュンちゃんが空を見上げる。


『異世界に僕の本当の家が、あるかもって思っただけ』


 シュンちゃんはそれきり黙ってしまった。


 私は、前にシュンちゃんが家族と車で出かけるのとすれ違ったのを思い出した。

 見た事のないデザインの大きな車に、おしゃれなお母さんとお父さん。美人のお姉さんにカッコ良いお兄さん。

 雑誌やテレビの見本みたいな家族だったのに、後部座席に座るシュンちゃんの表情は学校で一人でいる時と同じでさみしそうだった。


 私は、やっぱり何も聞けなかった。


 聞いた所で私にできることなんて何もないと、あらためて彼に伝わってしまいそうだったから。




 そうしてしばらくアテもなくぼんやりとしていると、遠くから人の声が聞こえてくる。

 大人の声で、おーい、と何かを探す声だった。


 私達を探しに来てくれたんだ! そう思ってシュンちゃんを連れて行こうと見る。


 彼は座ったまま声の方を見ていた。


『あーあ。来ちゃったね』


 何が? そう聞く前にシュンちゃんは私の耳元で囁いた。


『僕が無理に誘ったって、ちゃんと言いなよ』


 小さくそう告げて、彼は大人達の元へ駆けていった。


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