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1-1.河童の出る川


 私達はカッパが出ると噂の長冷川にバスで行く事にした。


 バスは空いていて、乗客は前方に女子中学生が二人乗っているだけだ。

 私達は一番後ろの座席に座ることにした。


「え、やばっ、芸能人? モデル? アイドル?」


 シュンちゃんが横を通った瞬間、女子中学生達が湧き立つ。シュンちゃんが軽く笑顔を返すと、きゃあっという黄色い声が上がった。


「慣れてるね」


「まあ」


 シュンちゃんはそのルックスゆえに注目され騒がれる事が多い。

 昔はその度に居心地が悪そうにしていたけど、どうやら今では平気になったらしい。


「ね、あれ彼女かなぁ?」


「な訳なくない?! 釣り合わなすぎるって!」


 女子中学生達はバスが走り出してもキャアキャアと話し続けている。笑い声は余裕で後ろまで聞こえてきて、私のことを話してるのがわかった。


 シュンちゃんはというと、目を閉じて寝る姿勢をとっていた。窓から入る日差しが眩しいのか、眉間にはシワが寄っていて不機嫌そうな顔にも見える。

 それでも伏せた長いまつ毛が陽の光の下で目元に影を作っていて、それはそれで絵になっていた。


(このご尊顔と釣り合い、か)


 ふと脳裏にクラスメートの美少女が思い浮かぶ。同性ゆえに美しさの度合いをシュンちゃんほど実感できていないが、見た目で釣り合うとしたらあんな顔だろうか。

 そういえば彼女のまつ毛もまた長く美しかったのを思い出す。

 お昼休み、友人と談笑しながら堂々と私の席でマスカラを塗る彼女に、早くどいてくれないかなと至近距離で見ていたところ「きも。見てんじゃねーよ」と理不尽に文句を吐かれた。

 それ以来何故かよく話すようになり、誕生日にはまつげの美容液ももらった。


 プレゼントはありがたく使わせてもらったけど、使い切っても彼女やシュンちゃんのように長く美しいまつ毛にはならなかった。



「いつまで人の顔見てんの? 変態」


 シュンちゃんが不機嫌そうに片目だけ開く。


 いつの間にかバスには私たちだけだった。

 どうやら彼の顔を見たまま意識が旅に出ていたらしい。すみませんでした、と恭しく詫びを入れ目線をまっすぐ向けて手を膝の上に固定し、バスを降りるまでこの姿勢を崩すまいと心に誓った。


 ーーーそうして再びバスに揺られていると、シャツをクイっと引っ張られる。


 横を見るとシュンちゃんが窓を頭に預けたまま気怠げにこちらを見ていた。

 その姿はさながらニャーニャーと人を呼んでおいて、近づくと黙る猫のようだ。


「どうかした?」


「⋯⋯何もしないなら、見てても良い」


 なぜか急に許可が降りた。なんたる僥倖。いやそれよりも。


「何もって何?」


「顔とか髪触ったり写真撮ったりとか、あとは勝手にチューしたりとか」


 私は目眩がした。

 だってそうやって例を出すということは無遠慮にそんな事をした人間がいたという事だろう。実に警察を呼ぶべき案件だ。

 真偽を確かめたいところだけど、彼にとって苦い記憶である可能性も否めないので深入りは控え、やんわりと注意喚起をする事にした。


「シュンちゃんの信頼できる友人という立場に誓って勝手にそんな事はしないけどさ、そういう可能性のある人の近くにまず行かない方がいいよ」


 悲しいことだけど、美し過ぎる人に性善説は時に残酷であり、信頼できる人の側以外では不用意に目を閉じるべきではない。

 なぜこちら側が気をつけなければならないのかと理不尽に思うかもしれないが、心配しか出来ない身としては本人に注意喚起する他なく⋯⋯と心苦しくも伝えるとシュンちゃんはあくびを一つして再び目を閉じた。


「じゃあ今は寝てても良いってことだろ」


 今度こそシュンちゃんは本気で寝る姿勢に入る。

 彼は私のことを、面食いで綺麗な人間を保護するのが趣味だと思っているんじゃないだろうか。

 それは間違いじゃないけど少し違う。


 寄せられた信頼を生涯裏切りたくないと思うのは、何も見た目だけの事じゃない。


 綺麗なだけの人間にここまで心入れする事は多分、ない。


 シュンちゃんは知らないのだ。

 私が顔だけでこんなにも彼に心酔してる訳じゃない事を。




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