第4話 「それ、本当に無能か?」――確信に変わる瞬間
第4話「価値の証明」
公爵邸に来て、二日目の朝。
静かな廊下に、足音が響く。
(……視線が増えたわね)
すれ違う使用人たちが、ちらりとこちらを見る。
昨日までの“無関心”とは違う。
明らかに、警戒と興味が混ざっている。
(まあ、当然か)
“壊れた魔導具を一瞬で直した謎の女”。
噂にならない方がおかしい。
「おはようございます」
軽く頭を下げると、数人がぎこちなく返礼した。
(……分かりやすい)
そのまま歩いていると――
「リリアーナ様」
呼び止められる。
振り返ると、年配の執事が立っていた。
「アルヴェルト様がお呼びです」
(来たわね)
「すぐに参ります」
案内されたのは、屋敷の奥――訓練場のような場所だった。
広い石造りの空間。
その中央に、数人の騎士たちと――アルヴェルト。
そして。
「……これは」
思わず、目を細める。
巨大な魔導装置。
壁面に組み込まれたそれは、明らかに異常な状態だった。
魔力が、乱れている。
それも、危険なレベルで。
「結界装置だ」
アルヴェルトが言う。
「屋敷全体を覆っている防御結界。その中枢が不安定になっている」
(なるほど……)
空気がピリついている理由が分かった。
「通常の魔導師では修復に時間がかかる。だが――」
視線が向けられる。
「お前ならどうだ」
周囲の騎士たちも、こちらを見る。
疑いと、期待と。
(……いい舞台ね)
私はゆっくりと装置に近づく。
指先で触れる。
その瞬間――
(……ひどい)
内部構造が、頭の中に流れ込んでくる。
複雑に絡み合った魔力回路。
しかも、経年劣化ではない。
(これ……誰かが壊してる)
意図的な歪み。
解ける者だけが直せるような、悪意ある構造。
(面白いじゃない)
口元が、わずかに上がる。
「時間をいただければ、修復可能です」
「どれくらいだ」
「……五分ほどで」
ざわり、と騎士たちがざわめく。
「五分だと……?」
「無理に決まって――」
「黙れ」
アルヴェルトの一言で、空気が凍る。
(さすがね)
「やれ」
短い命令。
私は軽く頷く。
そして――目を閉じた。
世界が、静かになる。
魔力の流れだけが、はっきりと見える。
(一本ずつ、正していく)
歪んだ回路を、正しい形へ。
詰まった流れを、解放する。
ただ、それだけ。
――けれど。
普通の人間には、それができない。
指先に魔力を集中させる。
光が、淡く広がる。
空気が震え、装置が低く唸る。
騎士たちが息を呑む気配。
(……静かに)
無駄な出力はいらない。
効率よく、最短で。
絡まった構造を、一気に解きほぐす。
そして――
「――完了です」
目を開ける。
その瞬間。
ゴォン、と重たい音が響いた。
結界が、再起動する。
乱れていた魔力が、一気に整流される。
空気が変わる。
先ほどまでの不安定さが、嘘のように消えた。
沈黙。
誰も、言葉を発しない。
(まあ、そうなるわよね)
一人の騎士が、震える声で呟く。
「……ありえない」
別の者が、装置を確認する。
「完全に……直っている……?」
ざわめきが広がる。
疑いから、確信へ。
評価が、塗り替わる音がする。
私は、静かに振り返った。
アルヴェルトと、目が合う。
その瞳は――
昨日とは、まるで違っていた。
(完全に“興味対象”ね)
「五分と言ったが、三分だったな」
低い声。
「誤差の範囲です」
「……そうか」
彼はゆっくりと近づいてくる。
騎士たちが道を開ける。
そのまま、目の前で止まる。
距離が近い。
逃げ場はない。
「リリアーナ」
名前を呼ばれる。
今度は、はっきりと意識して。
「はい」
「評価を改める」
短い言葉。
だが、重い。
「お前は“使える”」
(合格、どころじゃないわね)
「光栄です」
軽く微笑む。
すると、彼はほんのわずかに目を細めた。
「ただし」
その声が、低くなる。
「お前は危険だ」
(……やっぱり)
「扱いを誤れば、屋敷ごと吹き飛ぶ可能性がある」
騎士たちが息を呑む。
私は肩をすくめた。
「ご安心を。無駄なことはしません」
「無駄、か」
彼は一瞬だけ考えるように沈黙し、
そして――
「ならいい」
そう言って、背を向けた。
「今後は正式に雇う。報酬も出す」
(へえ)
「断る理由はありませんね」
「だろうな」
少しだけ、声が柔らぐ。
「……行くぞ」
(……?)
「どちらへ?」
振り返ると、
「決まっている」
アルヴェルトは、当然のように言った。
「仕事だ」
(……もう?)
思わず、笑いそうになる。
「休ませる気は?」
「あると思うか」
即答だった。
(ですよね)
私は小さく息を吐く。
そして――
「では、お供いたします」
一歩、彼の隣へ。
その瞬間。
騎士たちの視線が、一斉に変わる。
疑いではない。
敬意と、警戒。
(いい変化ね)
こうして――
私は“無能な令嬢”から、
“危険な戦力”へと、立場を変えた。




