第19話 「全部守る」――その言葉が一番危うい
第19話「選択のずれ」
王宮騎士団が引いてから、半日。
公爵邸は一見、静けさを取り戻していた。
(……嵐の前ね)
廊下を歩きながら、空気の重さを感じる。
使用人たちも、どこか落ち着かない。
(当然か)
あれだけの衝突があれば。
「リリアーナ様」
執事が近づいてくる。
「アルヴェルト様がお呼びです」
(……早いわね)
中庭。
そこに、アルヴェルトはいた。
だが――
(……一人じゃない)
見慣れない男。
黒い外套。
静かすぎる気配。
(……強い)
一目で分かる。
“さっきの騎士団とは別格”。
「来たか」
アルヴェルトが言う。
「ええ」
そのまま隣へ。
「紹介する」
短く言う。
「王宮直属、特別執行官」
(……来たわね)
男が一歩前に出る。
「初めまして」
穏やかな声。
だが――
(底が見えない)
「リリアーナ・エルフォード様」
(名前、正確ね)
「今回は“対話”のために来ました」
(嘘ね)
「対話、ですか」
軽く返す。
「ええ」
微笑む。
「力で解決する段階は、もう過ぎましたので」
(……上位個体)
「では」
一歩、前へ。
「何をお望みですか?」
「簡単です」
男の視線が、真っ直ぐに向く。
「あなたを、こちらへ」
(……変わらない)
「拒否した場合は?」
「その時は」
わずかに、笑みが深くなる。
「“調整”に入ります」
(……なるほど)
「強制、ですね」
「そうとも言います」
沈黙。
「……断る」
アルヴェルトが言う。
(即答)
「予想通りです」
男は、まったく動じない。
「ですが」
「今回は少し違う」
(……?)
「戦力ではなく」
一歩、踏み込む。
「選択の問題です」
(……選択)
「リリアーナ様」
「はい」
「あなたは」
「ここにいるべきではない」
(……)
「その力は」
「王国全体に影響する」
「一個人の領地で抱えるには、大きすぎる」
(……正論)
「……アルヴェルト様」
小さく呼ぶ。
「何だ」
「少しだけ」
一歩、前に出る。
「話させてください」
沈黙。
(止める?)
「……好きにしろ」
(通った)
前へ。
「……確かに」
視線を男に向ける。
「あなたの言うことは正しいです」
(でも)
「だからこそ」
「私が選びます」
沈黙。
「どこにいるか」
「誰の隣にいるか」
(……)
「それは私の意思です」
空気が張り詰める。
男が、じっとこちらを見る。
「……なるほど」
「では」
「もう一つだけ」
(……来る)
「あなたは」
「彼に、すべてを預けるつもりですか?」
(……それ)
一瞬、言葉が止まる。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
「彼は強い」
「だが」
「すべてを守れるわけではない」
(……)
「いずれ」
「選択を迫られる」
「あなたを取るか」
「国を取るか」
沈黙。
(……それ)
(ズレる)
一瞬、視線がアルヴェルトへ向く。
(……)
「……関係ない」
アルヴェルトが言う。
低く、はっきりと。
「俺が両方取る」
(……それ)
(無理よ)
一瞬だけ、思う。
その瞬間。
男が、わずかに笑う。
「……やはり」
「そう答えますか」
(……試された)
「では」
「今回はここまでにしましょう」
一歩、下がる。
「ですが」
視線が、こちらに向く。
「次は、選ばせます」
(……来る)
「確実に」
そう言って、男は去っていく。
静寂。
(……)
「……面倒ですね」
小さく言う。
「問題ない」
アルヴェルトが答える。
(……同じ)
「……アルヴェルト様」
「何だ」
「本当に」
少しだけ、間を置く。
「全部、取れますか?」
沈黙。
(……)
「……取る」
(……)
その答えに、迷いはない。
(でも)
(現実は)
「……そうですか」
小さく頷く。
だが――
(ズレた)
ほんのわずかに。
(考え方が)
違う。
「……リリアーナ」
「はい」
「気にするな」
(……無理ね)
「ええ」
そう答えながら。
(これは)
(簡単には終わらない)




