第13話 離すな――その一言で、全部壊れた
第13話「離すな」
夕暮れの王都。
石畳が赤く染まり、人の流れがゆっくりと変わっていく。
(……少し静かね)
昼間の喧騒が嘘のように落ち着いている。
その中を――
私は、アルヴェルトと並んで歩いていた。
(……近い)
手は、まだ繋がれたまま。
(任務、ね)
内心で小さく笑う。
「そろそろ戻る」
アルヴェルトが言う。
「そうですね」
頷いた、その時だった。
――ざわり。
空気が揺れる。
(……来る)
嫌な気配。
視線を上げた瞬間――
「伏せろ!」
強い声。
同時に、身体が引かれる。
「っ――!」
視界が反転する。
次の瞬間。
轟音。
爆発が、すぐ後ろで弾けた。
石畳が砕け、破片が飛び散る。
(狙われた)
「下がるな」
低い声。
気づけば――
完全に抱き寄せられていた。
腕の中。
背中に回された腕が、しっかりと固定している。
(……また、これ)
でも、今回は違う。
(力が強い)
明らかに、“守るため”の抱き方。
煙の中から、人影が現れる。
黒装束の男。
(……残党)
「まだ終わっていなかったか」
アルヴェルトの声が低くなる。
剣が抜かれる。
「リリアーナ、離れるな」
(……)
「はい」
短く答える。
だが――
(離れる気、ないでしょ)
腕は、解かれない。
男が動く。
速い。
魔力を纏った突進。
(直線)
だが――
アルヴェルトが前に出る。
一歩で距離を潰す。
剣が閃く。
だが敵も応じる。
火花が散る。
(……互角?)
いや、違う。
(遊んでる)
余裕がある。
「後ろだ」
その声と同時に、別の気配。
(……もう一人)
死角から、刃が迫る。
(間に合わない)
そう思った瞬間。
――強く、引き寄せられる。
「言ったはずだ」
低く、押し殺した声。
「離れるな」
完全に、抱き込まれる。
背中が胸に押し付けられる。
(……近いどころじゃない)
密着。
完全に。
「動くな」
耳元で囁かれる。
(……近すぎる)
息が、かかる。
(これは反則ね)
だが、その間にも。
彼は動いている。
片手で私を抱えたまま。
もう片方で、敵を捌く。
(……規格外)
「三秒ください」
小さく言う。
「任せる」
即答。
(信頼されてるわね)
魔力を集中。
周囲の流れを読む。
(……二人、連動してる)
なら――
まとめて崩す。
「――干渉」
魔力が走る。
敵の動きが、一瞬止まる。
「今です」
その瞬間。
アルヴェルトが踏み込む。
二閃。
同時に、二人が崩れ落ちる。
静寂。
「……終わりだな」
低く息を吐く声。
(ええ)
頷こうとして――
(……あ)
まだ、離されていない。
むしろ。
(さっきより強い)
腕の力が、抜けていない。
「……アルヴェルト様」
「何だ」
「もう安全です」
「……そうか」
だが、離れない。
(……意図的ね)
「離していただけますか?」
一拍。
沈黙。
「……嫌だ」
(……今の)
完全に。
理性、抜けた。
「……冗談ですか?」
静かに聞く。
「……」
沈黙。
だが――
腕は、そのまま。
(……本気)
「……アルヴェルト様」
名前を呼ぶ。
少しだけ、顔を上げる。
距離が、近い。
目が合う。
(……)
その瞳は――
いつもの冷たさがない。
(……危ない)
「……離したくない」
ぽつりと、落ちる言葉。
(……それ)
完全に。
心臓が、大きく跳ねる。
(まずい)
これは。
(逃げ場がない)
「……それは」
なんとか、声を出す。
「任務ですか?」
いつもの逃げ道を出す。
すると――
一瞬だけ、目が細められる。
「……違う」
はっきりとした否定。
(……終わった)
「……では、何ですか?」
静かに問う。
逃がさないように。
すると――
「……」
言葉が、止まる。
(……)
数秒。
長い沈黙。
やがて。
「……まだ言わない」
低く、抑えた声。
(……今は、ね)
そのまま。
ようやく、腕が緩む。
距離が、少しだけ空く。
(……遅い)
「……戻るぞ」
背を向ける。
だが――
手は、繋がれる。
(……ああ)
もう、完全に。
並んで歩く。
夕焼けの中。
沈黙。
けれど――
(変わった)
決定的に。
「……アルヴェルト様」
「何だ」
「先ほどの件ですが」
少しだけ、笑う。
「忘れませんので」
一瞬。
彼の足が止まる。
(効いた)
「……好きにしろ」
低い声。
だが――
逃げていない。
(これはもう)
時間の問題。




