第10話 弱っている時ほど、優しくしないで
第10話「優先順位」
異変に気づいたのは、夜だった。
(……おかしい)
体が、重い。
いつもならすぐに回復するはずの疲労が、抜けない。
むしろ――
(増えてる?)
指先に力が入らない。
魔力の流れも、微妙に乱れている。
(……無理をしすぎたわね)
地下での干渉。
あの規模の魔導陣を一気に崩した反動。
(少し休めば……)
そう思って、ベッドに横になる。
けれど――
(……だめ)
意識が沈む。
熱が上がっていく。
(これは……)
視界が、ぼやけた。
「――リリアーナ」
遠くで、声がする。
(……誰?)
重たいまぶたを開ける。
ぼやけた視界の中に、銀色の影。
(……アルヴェルト?)
「……起きろ」
低い声。
けれど――
(少し、焦ってる?)
「……大丈夫です」
言葉が、うまく出ない。
「大丈夫ではない」
即座に否定される。
(強いわね)
「熱がある」
額に、冷たい感触。
(……手)
「医師を呼ぶ」
「必要ありません……」
「ある」
一切の迷いがない。
(この人、本当に)
言葉を遮られる。
気づけば、身体が持ち上げられていた。
「……え」
「移動する」
「自分で歩けます……」
「無理だ」
即答。
(ですよね)
抵抗する気力もない。
そのまま、彼の腕の中に収まる。
(……また)
この距離。
けれど今回は――
(いつもと違う)
彼の腕に、微かな力がこもっている。
部屋が変わる。
広い。静か。
(……ここ)
「俺の部屋だ」
(やっぱり)
ベッドにそっと下ろされる。
動きが、妙に丁寧。
(……珍しい)
「……無茶をするなと言ったはずだ」
低い声。
けれど、怒りではない。
(これは……)
「……申し訳ありません」
素直に謝る。
「必要な範囲だと――」
「違う」
すぐに遮られる。
「限度を超えている」
(またそれ)
でも――
今回は違う。
(重い)
言葉が。
「……倒れたら意味がない」
ぽつりと落ちる。
(……ああ)
これはもう。
「心配、ですか?」
少しだけ、笑ってみせる。
すると――
沈黙。
長い沈黙。
(……)
「……当然だ」
低く、押さえた声。
(認めた)
「戦力として必要だからですか?」
「違う」
間髪入れずに否定。
(即答ね)
「……それだけではない」
(……それだけじゃない)
心臓が、少しだけ跳ねる。
「……アルヴェルト様」
名前を呼ぶ。
視線が合う。
近い。
(……熱のせいね)
距離感が、少しおかしい。
「もう大丈夫です」
起き上がろうとする。
その瞬間。
ぐい、と押さえられる。
「寝ていろ」
「ですが――」
「命令だ」
(……強い)
「……分かりました」
素直に従う。
(勝てないわね、これは)
「水だ」
差し出されるグラス。
支えられて、少しずつ飲む。
(……完全に看病されてる)
「……ありがとうございます」
「礼はいらん」
いつもの言葉。
でも――
(声が違う)
少しだけ、柔らかい。
しばらくの沈黙。
彼は、部屋を出ない。
(……帰らないのね)
「お仕事は?」
「問題ない」
即答。
(いや問題あるでしょ)
「優先順位の問題だ」
(……ああ)
来た。
「今はお前だ」
その一言。
静かで、当たり前のように。
(……それ)
かなり強いわよ。
「……そこまでしていただく理由は?」
少しだけ、試すように聞く。
すると――
「理由が必要か」
低い声。
(……危ない)
そのまま続く。
「必要なら作る」
(強い)
「お前を守る理由など、いくらでもある」
(……)
言葉が出ない。
(これは、ずるい)
「……リリアーナ」
名前を呼ばれる。
今度は、はっきりと。
「はい」
「無茶をするな」
静かな声。
だが――
重い。
「……分かりました」
今回は、素直に頷く。
「いい返事だ」
ほんのわずかに。
彼の表情が、緩んだ気がした。
(……初めて見たかも)
そのまま、意識が沈んでいく。
(……温かい)
視界が暗くなる直前。
ふと感じる。
手を、握られている。
(……離さないのね)
そのまま、ゆっくりと眠りに落ちた。
目が覚めたとき。
まだ、夜は明けていなかった。
そして――
隣には、変わらず彼がいた。
(……ずっと?)
少しだけ、笑う。
(本当に)
「……過保護ですね」
小さく呟く。
すると――
「今さらだ」
目を閉じたまま、返事が返ってきた。
(起きてた)
「……そうですね」
もう一度、目を閉じる。
(悪くない)
むしろ――
(かなり、いい)




