第36話 おっさん陰陽師、ワイバーンと対峙する
これまで魔物を狩る際にもこの結界を使用していたが、ヒビが入ることは一度もなかった。
緑色の鱗を持った20尺(6メートル)ほどの巨大な翼を持つトカゲのような魔物。これがワイバーンであるか。
「……少しセイの姿に似ておるか?」
『セイ兄にあんな大きな翼はないけれど、顔は少し似ているかもね』
「ワイバーンはドラゴンと似ているんだよ。でもドラゴンの方がもっと大きいの」
「ほう、そうなのか」
どうやらワイバーンはドラゴンと似ているらしい。それならばドラゴンと似ている青龍が似ているのは道理であるか。
「ギィ……ギィィ!」
ワイバーンが立ち上がり、こちらに向かって咆哮を上げる。どうやら我らを獲物ではなく敵と見定めたらしい。
あの巨体があれだけの速度で結界に衝突したというのに随分と頑丈なことだ。
「それにしても、レイラはあれが襲ってきてもよく声ひとつ上げなかったものだな」
「おじちゃんやスーちゃんがいるもん! それにワイバーンよりもセイちゃんの方が全然強そうだよ!」
「……そうか」
『レイラちゃんもだいぶ度胸があるなあ~』
あれほどの大きな魔物が空から強襲してきても声ひとつ上げぬとは驚いた。確かにビャクやセイなどもっと強そうな魔物を見ているとはいえ、童であれば泣き叫んでもおかしくないものである。
……我もレイラの師として情けないところは見せられぬな。
「いでよ、青龍! 急急如来律令!」
五芒星を描き、セイを顕現させる。
『おう、ヤコウにチビ助か。随分と俺様を呼ぶようになったな』
「街中でさえなければ被害を与えることはないからな」
ここならば人や街中ではないので建物などの被害は与えない。京の都ではあまり呼ぶ機会のなかったセイだが、この世では呼ぶ機会が増えたものだ。
空を飛ぶ魔物が相手であればこちらも同じく空を飛べるスーかセイが適任である。
『おっ、あれが魔物ってやつか。確かに妖とはちょっくら様子が違うな』
「ギィ……」
そういえばセイがこの世の魔物を見るのは初めてであったか。
先ほどまでこちらを睨んでいたワイバーンだが、セイを見てか少し怯えた様子だ。ワイバーンよりもセイの方が身体は大きい。まあ、セイはたとえ相手が大きな妖であっても不遜な態度は変えぬだろうがな。
「セイ、昨日そなたが食べたステーキとやらはあのワイバーンという魔物を食材に使っている。可能ならば胴体の部分は残したまま倒してくれぬか?」
『なに! あれが昨日の肉か! よっしゃあ、任せとけ!』
昨日の夜は野営をし、その際に領主殿の屋敷で包んでもらったワイバーンのステーキという料理をセイに食べさせたのだが、えらく気に入っていた。もちろん人に仇をなす魔物を退治するのが最優先であるが、可能ならばその肉も手に入れたいところだ。
こういっておけばセイも加減はしてくれるだろう。昨日の夜も量が少ないと文句を言っていたからな。スーの場合は肉ごと丸コゲにしてしまいそうだ。レイラが屋敷の料理人に聞いたところ、あのステーキとやらは火加減が大事らしい。
「セイ、逆鱗旋風斬!」
「おうよ!」
「ギィ!」
セイが風の刃を放つが、ワイバーンは瞬時に飛び上がり、それを避けた。
あの巨体で思ったよりも身軽である。ワイバーンはそのまま空を自在に駆け巡る。セイも空を飛べるが、あそこまで鋭い方向転換をしながら早く飛ぶことはできない。あの大きな翼は見せかけのものではないようだ。
なるほど、上空からの迎撃手段を持たない者であればあれを相手にするのは難しいであろう。
『……ちっ、すばしっこいやつだな』
「むっ、なにか仕掛けてくるぞ!」
ワイバーンは逃げるつもりがないようで、空を駆け巡りつつもこちらを見定めてくる。先ほどの結界を警戒して直接襲ってくることはないが、なにかを狙ってか大きく息を吸いこんでいる。
「ギィィィ!」
大きく息を吸い込んだワイバーンの口元から巨大な炎弾が放たれた。ドラゴンが炎を吐けることはすでに聞いている。そしてワイバーンは成熟した個体のみ炎弾を吐けると聞いていた。
なかなか強力な炎弾であるが、今回はワイバーンが炎弾を吐けることを事前に聞いており、距離も取れているので焦る必要はない。
「セイ、禍津之風!」
『おっしゃあ!』
ワイバーンが炎弾を吐いたようにセイの口元から荒れ狂う風が放たれた。
「ギィ!?」
その荒れ狂う風は炎弾をあっさりと打ち消し、そのまま勢いを増してワイバーンの身体全体を包み込む。
「ギィィィィィ……」
そして禍津之風は一筋の巨大な竜巻となり、中に閉じ込められたワイバーンの身体を風の刃で斬り裂いていく。




