第2話 おっさん陰陽師、童と出会う
「ゲギャギャ!」
「ギャギャ!」
「……小鬼、餓鬼の類か。スー、任せるぞ!」
『うん、任せて!』
小柄な童が小さな妖どもに追いかけられている。
餓鬼の類であろうが、あのような緑色の餓鬼は初めて見た。
『その子から離れろ! ええい!』
「ギャアア!」
「ギャギャ……」
スーが紅蓮の炎を口から吐き出す。5匹の餓鬼どもは悲鳴を上げながら炎に包まれ、そのまま動かなくなった。
スーは火を司る四神である。この程度の妖であれば、まったく相手になどならぬ。
「……むっ、この妖、滅してもなお体が消えぬぞ」
『あれっ、本当だ。それに妖気もなんだか変だよ』
通常妖は滅すれば身体が消滅する。だが、この餓鬼の身体は燃え続けて炭となった。
まだ息があるのかと攻撃用の霊符を構えて様子を窺っているのだが、一向に動く気配はない。
「た、助けてくれてありがとうございました!」
「ああ、気にする必要は――」
背後から声をかけられ、振り向いて童の容姿を見た瞬間に言葉が止まる。
年頃は5つか6つほど、薄い紫色の短い髪に濃い紫色の瞳の少女。その髪色や顔立ちは京の都にいた童たちとは異なっている。一瞬この童も妖かとも思ったが、妖気は感じられなかったので、すぐに警戒を解く。
「あ、あの……」
「もしや、そなたは名のある公卿の者か?」
「くぎょう? ええ~と、レイラはレイラだよ……」
「いや、何でもない」
どうやら公卿という位階がわからぬようだ。紫色は最上位の証、その髪色と瞳の色をしたレイラと名乗る童だが、ボロボロの服装と乱れた髪を見ると公卿の者ではないことが明らかであった。
「怪我をしているようだな。ふむ、これくらいなら……令!」
「えっ、傷が!?」
治癒の霊符を使うと、擦り傷だらけだった少女の足が癒されていく。
「す、すごい! 治癒魔法を使えるなんて、おじちゃんはすごい魔法使いさんなんだね!」
「……ちゆまほう? これは陰陽術だぞ」
『ご主人、もしかするとこの地では陰陽術のことをそう呼ぶのかも』
「なるほど、そういうことか」
魔法という言葉は初めて聞いたが、もしかするとこの地では陰陽術のことをそう呼ぶのかもしれない。
「鳥さんは喋れるんだね。すっご~い!」
『えっへん』
少女が興味津々といった表情でスーを見る。スーもまんざらではなさそうだ。
言葉を解する式神となれば高位の陰陽師にしか顕現させることができないのだが、我は元弓月家当主であるので、四神の顕現が可能である。
「我は弓月夜行だ。そなたはこんなところで何をしているのだ?」
「食べられる物を探して森に入ったの。帰り道でゴブリンたちに見つかっちゃって……」
「ゴブリン? ああ、あの緑色の餓鬼のことか。この地ではそう呼ぶのだな」
レイラの手には一束の野草が握られていた。ゴブリンとやらに襲われてほとんど落としたのだろう。
たったひとりで森へ入っていたということは親はいないか捨てられたか……。京の都でも浮浪児は多かったものだ。
それにしてもレイラとは変わった名だな。この地ではそれが普通の名なのか。
「レイラは京の都がどちらにあるか知らぬか?」
「きょうのみやこ……。ごめん、わからないよ……」
京の都を知らぬのか。
日の本の中心地でもあるため、子供でも知っていると思ったのだがな。いや、この者はまだ幼い。大人の者に聞けばさすがに知っているだろう。
「いや、大丈夫だ。実は道に迷ってしまってな。この道をまっすぐ行けば、村か街に着くか?」
「うん、ミニカムの街があるよ。レイラもその街に住んでるの」
「ほう。我はそこへ向かうが、レイラはどうする? もしよければそこまで送っていくぞ」
「本当? あっ、でもご飯がないから、もう一度森まで戻らないと……」
「ふむ、ここであったのも何かの縁だ。我も腹が空いてきたことだし、街へ行く途中でなにか狩っていくからレイラも一緒に食べぬか?」
「えっ、いいの!?」
「うむ。その代わりにこの辺りのことをいろいろ教えてくれ」
「うん!」
我がそう言うと、レイラは目を輝かせた。
都にいる童と少し様子は違うものの、やはり童は元気に笑っていることが一番だ。我は子宝に恵まれなかったゆえ、こういった童にはつい甘くなってしまう。
「さて、そうと決まれば早速移動するとしよう。いでよ、白虎! 急急如来律令!」
「ええええ~!」
スーを顕現させた時と同様に五芒星の陣を描き、西の守護神である白虎を顕現させる。
突然目の前に大きな白い虎が顕現したことにより、レイラが尻もちをついた。
『我が主! 身体が治ったのですか!』
「久しいな、ビャク。我にもよくわからぬが、なぜか気付くと見知らぬ場所へおり、病に侵されていたこの身体も今はすこぶる調子が良いのだ」
『見知らぬ場所……。確かに京では見たことのない景色のようですね。いや、そんなことよりも主が無事で本当に良かったです!』
大きな身体で我に身体を預けてくる。柔らかいビャクの毛並みがとても心地よい。喉元を撫でてやるとビャクもゴロゴロと喉を鳴らす。
『ビャク~久しぶり!』
『スーも久しいな。まったく、いつも主と一緒で羨ましいぞ』
『えへへ~。ビャクは身体が大きくて怖いから、街中だと大騒ぎになっちゃうもんね』
『ふん、余計なお世話だ』
こんな感じで四神同士の仲はそれほど悪くない。
ビャクは見た目が虎なので少し怖いかもしれないが、とても優しい式神である。スーはお調子者といったところか。式神も各々性格は異なっている。
「お、おじちゃんは召喚魔法も使えるんだね……」
「しょうかんまほう? 式神のことをそう呼ぶのか。ビャクは我の式神であるから怖くはないぞ」
『主、この幼子は? 紫色の髪など初めて見ましたが』
「レイラだ。先ほどこの地で出会い、これから近くの人里まで案内してくれる」
『なるほど。レイラ殿、驚かせて申し訳ない。式神のビャクと申します』
「うん! ビャクはとっても格好いいね!」
『ふふ、ありがとう、レイラ殿』
初めは少し怖がっていたレイラだが、ビャクが礼儀正しく挨拶をすると安心したようだ。
それではミニカムの街とやらへ移動するとしよう。
「……これは見事な門であるな」
『うわあ~都の壁よりも高いね!』
『それに趣が異なります。京の都からだいぶ離れた場所なのでしょうか?』
レイラと共にビャクの背に乗り、街まで移動してきた。途中で初めて見る角の生えたウサギを狩りつつ、無事に街の門まで辿り着いたのだが、なんとも見事な門だ。京の都の門よりも立派かもしれぬ。
門にも驚いたが、街へ入るために並んでいる人の様子も都の者とはだいぶ異なっている。レイラの紫色の髪のみならず、黄金色や紅色などの髪色をした者ばかりだ。むしろ我と同じ黒い髪と瞳の者がひとりもいないし、服装もだいぶ異なっているな。
そして皆が一様に我ら――というよりもビャクのことを見ていた。この地では式神がそれほど珍しいのだろうか?




