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会釈
柳の下に、彼女が立っているのを見かけるようになってから、数日が過ぎた。
毎日ではなかった。
残業で遅くなった日には、もういなかったし、雨の日も見かけなかった。
けれど、定時に近い時間で駅を出ると、あの場所に彼女が立っていることが、少しずつ「あるかもしれない光景」になっていった。
最初のうちは、ただ通り過ぎていた。
視線を向けないようにして、見なかったことにする。
自分の疲れが見せた幻だと、心のどこかで決めつけていたからだ。
それでも、柳の下を通る瞬間だけ、どうしても歩調が乱れる。
彼女は、いつも同じ場所に立っていた。
ある日、彼女と目が合った。
ほんの一瞬だった。
すぐに視線を逸らすべきだったのに、身体が反応するより先に、僕の首はわずかに動いていた。
会釈だった。
してしまってから、気づいた。
何をやっているんだ、と。
彼女は驚いたように目を瞬かせ、それから、ほんの少しだけ困った顔をした。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
それは、はっきりとした会釈だった。
胸の奥が、静かにざわついた。




