また、そこに
次の日、僕は柳の道を通らなかった。
意識的に避けたわけじゃない、と自分に言い訳しながら、駅前の明るい大通りを選んだ。人が多くて、信号が多くて、歩く速度も速い道。足を止める余白がない道。
みんな忙しく、みんな疲れている。
足を止める理由なんて、どこにもない街だ。
その流れに自分を押し込めば、昨夜の出来事も、どこかへ流れていく気がした。
けれど、流れていったのは僕の方だった。
仕事中も、ふとした瞬間に柳の枝が思い浮かぶ。
パソコンの画面の白が目に痛いとき、会議室の空気が薄いとき、上司の声が遠く聞こえるとき。
彼女の「こんばんは」が、胸の底で小さく鳴る。
そんなもの、疲れの幻だ。
そう決めてしまえば楽だった。
僕はそれを決めたかった。
だから三日後、残業で終電一歩手前になった夜も、柳の道は通らないつもりだった。
……つもりだったのに。
駅を出た瞬間、冷たい風が頬を撫でて、身体が勝手に静かな道を求めた。人の多い場所を歩くだけで、何かが削れていく感じがした。
気づけば僕は川沿いの歩道へ曲がっていた。
柳が見える距離まで来たところで、立ち止まった。
馬鹿みたいに、そこで呼吸を整えている自分がいた。
いるわけがない。
そう思いながら、柳の下を見る。
――立っていた。
同じコート。
同じ髪。
同じ、澄んだ目。
僕は、その場で笑いそうになった。
安心と恐怖が、同時に来る。
彼女は僕に気づくと、小さく会釈をした。
僕も、反射で会釈を返してしまった。
礼儀みたいに。
社会人の癖みたいに。
それが、始まりだった。




