3.本屋
「こんにちは、テリオさん。ここでも本屋出してたんですね!」
「おー、レイ君。久しぶりだねえ」
奥から顔を出したテリオさんは、相変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。
「そうそう。最近売り上げが伸びてねえ。370階とここの二店舗、新しく建てたんだ。ちなみに本店は、今サチ君に任せているよ」
小さな丸メガネをクイと押し上げながら嬉しそうに語る。
「え!?さっちゃん、ついに働き出したの?」
サチ、というのはテリオさんの姪である。俺が初めて階下に来たとき、あちこち案内してくれた人だ。
「働き口を探してるだけ」なんて言いながら、結局一日中付いて回って俺の反応を楽しそうに眺めていた、あの人。
「僕ももう歳だからねえ。とりあえず、サチ君に任せてみてるんだよ」
そう言ってから、テリオさんはふと視線を俺の後ろに向けた。
「……ところで、後ろの君は?」
「紹介するよ。俺の友達のミル。ここらに来るのは初めてなんだ」
「へえー。よろしく、ミル君」
「よ、よろしくお願いします……」
少し緊張した様子で、ミルが小さく頭を下げる。
「ごめんねえ。うちの店、狭いだろ」
テリオさんは苦笑して、店内を見回した。
「それじゃあ通りにくいだろうから、よかったら店先の本棚を見ていきなよ。あそこなら、見やすいから」
「ありがとうございます」
店の前に並んだ本棚には、色とりどりの装丁がぎっしりと詰まっていた。
「……凄いな。いろんな種類が揃ってる」
「テリオさんは生粋の本好きだからね」
俺がそう言うと、ミルは背表紙を指でなぞりながら、寂しそうに呟いた。
「……でもこの本たち、私のところでは、受け入れられなさそうだな…」
その一言に、テリオさんは少しだけ目を細めた。
「ああ、君は…上の階の人なのかい」
一拍置いてから、柔らかく笑う。
「……じゃあこっちの本のほうが、よく見るんじゃないかな」
そう言って指差された棚には、思想書や歴史書がひっそりと並んでいた。内容はどれも、アグレスに有利なものばかり。
「確かに。こういう系統は、よく見ます」
「これはね、秘密なんだけど」
その内の1冊をミルに手渡しながら、内緒話をするようにテリオさんが言う。
「うちは、その層に合った本を表の見やすい所に置いて、それ以外の本は奥に置いてるんだ」
「なんだか禁書みたいですね」
「そうそう。禁書っぽいだろう?」
くつくつと喉を鳴らして笑い、続ける。
「でもね、人ってのは、そういう本ほど惹かれちまうんだよ。それで、これは自分だけが知っている考えだ、なんて思い込んでさ。気づかないうちに、自分には無かった思想を吸収していく」
テリオさんは、奥の棚に視線を向けた。
「そうやって、他の階の人と実際に会ったときでも、その人を受け入れられるようになればいいなって……それが、僕の夢さ」
一息ついて、肩をすくめる。
「…なかなか、難しいけどねえ。特に、アグレスの方々にはぜひ読んでほしいもんなんだが」
「凄くいい夢だよ」
俺は即座に言った。
「絶対、叶うよ。……ね?」
「う、うん……!」
ミルは少し戸惑いながらも、力強く頷いた。
それから俺達はテリオさんに別れを告げ、そろそろ、と帰路についた。
「……今日は、ありがとう」
上階へと戻るエレベーターの中で、ミルがぽつりと言った。
「うん。俺も楽しかったよ」
少し間を置いてから、ミルは視線を伏せたまま続ける。
「……また、来てもいいのかな」
その声は、不安と期待が入り混じった、とても小さなものだった。
「もちろん!」
身をかがめ、ミルと視線を合わせながら力強く肯定する。
「明日でも明後日でも、いつだっていいさ。いつもの時間に、あの階段で待ってるから」
「本当…?」
心配そうな顔をするミルにうん、と頷いてから続ける。
「君と同じ景色が見られて俺は嬉しいよ」
ミルの顔が綻ぶのを見て、俺はこの笑顔さえ見られればいいと、そう思った。




