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露か、涙か

作者: 双鶴

二条御所の夜は湿り気を帯び、庭の木々から滴る水が絶え間なく音を立てていた。だがその静寂は、三好三人衆の手勢の雪崩れ込む殺気が切り裂いた。甲冑の軋む音に破られた。鉄と鉄がぶつかり合い、低い衝撃音が広間に響く。槍の穂先が擦れ合い、甲高い金属音が耳を裂く。血が畳に滴り落ちる音が、ぽたり、ぽたりと重なり、兵の荒い息が獣のように広間を満たす。


襖が破れる。木片が飛び散り、怒号が重なり合う。

「将軍を討て!」「足利義輝公を成敗奉る!」

その声は刃のように突き刺さり、私の鼓動をさらに速める。


近習たちが立ち上がる。老臣は血にまみれながらも刀を振るい、甲冑の衝突音と共に敵を押し返す。若者は恐怖に震えながら槍を突き出すが、金属音と共に弾かれ、血を吐いて倒れる。負傷した者は膝をつきながらも立ち上がり、荒い息を吐きながら最後の一撃を放つ。逃げようと背を向けた者は、背後から斬られ、悲鳴と共に血が畳に滴る。


私は最初の刀を抜いた。刃が鞘を離れる瞬間、鋭い金属音が広間を切り裂く。踏み込む足音が畳を震わせ、敵兵の喉を斬り裂く。鮮血が噴き出し、滴る音が重なり、足元が滑る。だが構わぬ。次の刀を抜き、金属音を響かせ、次の敵を斬る。「武」の尊厳のために会得した「一之太刀」が意に反してこんな場面で使うことになるとは。心の中で、師・塚原卜伝に詫びた。


敵兵の群れは押し寄せる波のようだ。前列の者は恐怖に目を見開き、甲冑の衝突音と共に斃れる。後列の者は怒号を上げて突き進むが、足元には仲間の死体が積み重なり、血が滴る音に足をすくませる。


一人の兵は歯を震わせ、荒い息を吐きながら槍を構えた。視界は霞み、義輝の姿が巨大な影に見えた。「怪物だ…!」と叫ぶ声が金属音にかき消され、刃に斃れる。


別の兵は狂気に呑まれ、笑いながら突き進む。「ははは!斬れるものなら斬ってみろ!」その笑いは悲鳴に変わり、義輝の刃が胸を貫いた。血が噴き出し、滴る音が畳に響く。周囲の兵はその姿に戦慄した。


背後から槍を突き出した兵は、義輝の肩を貫いた瞬間に勝利を確信した。だが次の瞬間、義輝の刀が彼の喉を裂いた。彼は自分の血で窒息しながら「なぜ…倒れぬ…」と呟き、荒い息を吐きながら崩れ落ちた。


広間の隅で戦いを見ていた若い兵は、恐怖に足がすくみ、前に進めなかった。彼の耳には甲冑の衝突音、槍の金属音、血の滴る音、兵の荒い息が重なり合い、地獄の音楽のように響いていた。


刀が折れる。鋭い破断音が広間を震わせる。すぐに別の刀を手に取る。金属音を響かせ、次々と敵を倒す。畳の上は血と肉片で埋まり、滴る音が絶え間なく続く。柱には血しぶきが飛び、障子は破れ、月光が戦場を照らす。

「まだだ!」声を張り上げる。荒い息と怒号が重なり、広間は音の洪水に沈む。


やがて、腕が痺れ、呼吸が荒くなる。肩から血が流れ、視界が揺らぐ。――退かぬ。私は将軍だ。ここで終わるなら、刃と共に。


三好の兵が押し寄せ、四方から槍と刀が突き出される。甲冑の衝突音、金属音、血の滴る音、荒い息が一斉に重なり、広間は轟音に包まれる。胸を貫かれる。熱い痛みが全身を走る。膝が崩れる。畳の冷たさが頬に伝わる。だが最後の力で刀を振り抜き、敵の喉を裂いた。血が噴き出し、滴る音が響く。


その瞬間――音が途切れた。甲冑の衝突も、槍の金属音も、血の滴る音も、兵の荒い息もすべて消えた。広間に訪れたのは、異様な静寂。誰もが息を呑み、ただ義輝の倒れる音だけが響いた。


「義輝、ここまでだ!」三好の声が遠くで響く。だがその声さえ、静寂に呑まれていく。味方はすでに絶え、敵兵の群れが血の海に立ち尽くす。誰もがその沈黙の中で、私の死を見届けた。


私は刀を握りしめたまま倒れる。――将軍として、最後まで戦い抜いた。

「五月雨は、露か、涙か」


もはや何も聞こえず、目の前の喧騒が嘘のように静寂が支配している。

闇が広がり、刃の光が消える。


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