聖女追放RTA Any%
薔薇窓から注ぐ光が、床に万華鏡のように色とりどりに幾何学模様に絵を描いていた。
アーチを描く天井からは大きなシャンデリアが等間隔にぶら下がり、壁面にはフラスコ画ではなく額縁に入った大きな絵画が並んでいた。
祭壇の前に立ちながら、私は目を伏せる。きっと御神託なるものがあるなら、これがきっとそうなのだろう。
ここはインディーゲーム、人狼系恋愛アドベンチャー『サントゥクス・ルプス』の世界で、祭壇の前に4人立ったところから物語は本格的に始まる──というのを、たった今思い出しました。
確か家がミシミシ音を立てて、「地震!?」と席を立ち、直ちに安全確保をしよう……と、動いたとき、本格的な揺れの到達と首筋にトンという衝撃を感じたところまでは記憶にある。
状況的に、インテリア的にしちゃえと棚の上に置いてあったすごく分厚い図録とかやたらデカいフィギュアとかオシャレDIYに使っていたツーバイフォーの木材とかが揺れで倒れて、綺麗に意識だけを刈り取ったのだろう。で、その後意識が戻る前に圧死か焼死か、そこまでは分からないがとりあえず現在に至る。
汚部屋ではないがミッチミチに物が詰まってた部屋だったから、ほぼ自業自得だ。災害対応の重要性を身を持って感じた。死んじゃったみたいだけど。
大司教の祝詞を聞きながら、ちらりと横を見る。横に並ぶのは、私と同じ『聖女』である。
この世界は、4柱の主神がいる。
温にして春の神、明にして夏の神、冷にして秋の神、晦にして冬の神。
その神々の声を聞くものとして、四人の聖女が選定されるのである。どちらかといえば、聖人というよりシャーマンとか巫女さんみたいな扱いだ。そして、四人それぞれに守護騎士がつく。これが攻略対象。
本題は、このあとに降りる神託と追放劇だ。
このゲームは『人狼系恋愛ADV』、つまり誰かしら人狼が、偽物が混じっているのだ。
「聖女の中に邪なるものの声を聞く者あり」その神託を以て私含めた四人の中から人狼を探し出すというミッションが始まるのである。
プレイヤーとしてのこのゲームの所感を述べるなら、『面白いけど恋愛してる暇が無い』ゲームだ。
好感度はすなわち無辜吊りされないための生存戦略。同じ聖女たちの中からランダムで選ばれている人狼を探し出さないといけないから、攻略対象じゃないからと会話スキップは厳禁。あと、変な選択肢があるけど目的なしに面白がって選ぶと信用値が減ってプレイヤーが吊られる。
メインストーリーは短いからスチルやエンディング回収は簡単だけど、ゲームシステムは簡単じゃない、そんなゲームだ。
なんで転生先がこの世界で、思い出すのがこのタイミングなのだろう。もっとやり込んだゲームも命がけじゃないゲームもたくさんあったのに。徳が足りなかったのか。
いや、輪廻転生から外れていないし人間なあたり、原典ニュアンスの『徳』は絶対に足りていないのだけど。
「……神々の声を聞き、その代弁を以て地上に祝福をもたらす聖女達よ。面を上げ、皆に光を」
大司教の祝詞が終わり、参列した皆に顔を向けるように促される。
私は覚悟して、あるいはヤケクソな気持ちで祭壇から大聖堂へと向き直る。
私が勤めるのは『温にして春の神の聖女』。一応メインビジュアルに設定画はあったが、基本動かすのはドットのミニキャラだったので『茶髪でパステルカラーのふわふわ』ぐらいしか印象的に残っていない。
隣りにいるのは『明にして夏の神の聖女』。顔と手ぐらいしか出ていない服の上からでもわかる豊満な身体と小麦色の肌、くすみ知らずの金髪など一番ビジュアルとしては強い。
さらに奥にいるのは『冷にして秋の神の聖女』。高めの身長にツンと澄ました顔に赤茶の髪と釣り気味の目は、委員長キャラの系譜を強く感じさせる。
最奥にいるのが『晦にして冬の神の聖女』。低い背に白い肌、艶やかな黒髪に手にはまさかりを持って、
「え?」
思わず二度見する。グラフィックバグかと思ったのだが、三度確認しても、その小さな白い手にはまさかりが握られていた。
彼女はおもむろにまさかりを振り上げ、無表情のままその場で右に左にとステップを踏み出した。
「ひぇっ」
「なぁっ!?」
「えぇ!?」
突然の奇行に、私だけでなく他の聖女も悲鳴をあげる。
大聖堂全体にもざわめきが広がるが、誰もとめには入らない。なんせ彼女の手にはまさかりがあるのだ。うっかり止めに入ってばっかり薪割りされたら堪らないからだ。
それにしても、何故いきなりこんなことをしだしたのだ。彼女が人狼なのか。
「……あっ! 思い出した!」
「どうした、温の。あれになにか思い当たる節があるのか」
閃きをそのまま口にした私の声を、明にして夏の神の聖女──長いから明ちゃんが即座に拾い上げた。
そう、思い当たる節がある。あれは、バグを使ったイベントスキップ、いわゆるグリッチだ。
私はやったことがないが、動画でなら見たことがある。スコアでもクリアレベルでもなく、人間が操作してクリアまでの時間を競うプレイスタイル、RTA。そのプレイスタイルを貫くプレイヤーはこのゲームにも存在している。
記憶が正しければ今彼女が行っているのは『まさかりダンシング禹歩』と呼ばれるグリッチ、のはずだ。
待機室で壁を決まった法則で一定回数調べると、バグが発生し本来ならアミュレットが出てくるところがまさかりに変更される。
それを装備状態でこの神託待ち中にキャラクターを右右左と決まった法則で動かし続けると、さらにバグが発生するのだ。
本来なら4日目にならないと分からない『人狼』とその追放、というより退治イベントを、今この場で発生させる。『まさかりダンシング禹歩』はRTA走者なら誰もが使う、まずなしではRTAが成立しないグリッチである、と動画で見た。
「えっと、あれは……邪なる神の使いを見抜く神通力を授かるための舞、だったはずです」
とは言え『あれ、バグ技使おうとしています』なんて言えはしないので、なんとかオブラートに包んで奇行をそれっぽく言い直す。明ちゃんはなんとも言い難い顔で『はあ』とだけ言葉にした。
わかる。なんでまさかり持って舞ってるのとか、そもそもなぜ今やるのとか、ツッコミどころ満載だから。けど、これが私のできる咄嗟の誤魔化しの最大値なので許して欲しい。
しかしまさか、グリッチを使い出すあたり『晦にして冬の神の聖女』──こっちも長いのでカイちゃんにしよう──も転生者なのだろうか。
じっとカイちゃん(仮)の顔を見る。見事なまでの無表情。見続けていたら、ちょっと深淵を覗いちゃいそうなので即やめた。
「聖なるかな聖なるかな!我神託を得たり!」
「ひぃっ」
ダンッと、ひときわ強く床を踏みつけたかと思うと、カイちゃんはその小さな身体に似つかわしい高くよく通る声で神託を授かったことを宣言する。
横に並ばされていた『冷にして秋の神の聖女』はすっかり怯えた様子であったところに、ダメ押しの力強いステップと大声で完全に腰を抜かしてしまっていた。お労しい。
なお本来なら、ここは四人全員で宣言する場面なのだが、私のもとにそれっぽいものは降りてきていない。神様、いるなら神託とまでは言わないので今起きてることについて説明してください。
残りの2人も半泣きだったりドン引きしてたりと、特に宣言を行う様子はない。
「聖女の中に邪なるものの声を聞く者あり!」
──それは貴女では?
満場一致というに相応しい空気が流れた。声を聞くどころか乗っ取られていそうですらある。
しかし、ここで誰も変貌しないあたりグリッチは不発か。そもそも、神託もないから人狼要素の発生しないパラレル世界だったりするかもしれない。そう思った時だった。
「ひっ、ひっ」
「大丈夫か、冷の……わっ!?」
「ヒィィィィィイ!!」
あまりの恐怖に過呼吸を起こし、明ちゃんに支えられていた秋ちゃん(仮)が、突如として奇声を上げた。
「滑稽なるかな滑稽なるかな!美味なるかな美味なるかな!!」
びぃんと、まるで紐で引き上げられたように不自然な立ち上がり方をしながら、秋ちゃんがノイズがかったかのような不快な声を上げる。
「ここに至るまでの猜疑!悪意!聖者を騙り俗世に染まるその姿、実に甘美であった!」
「ちゃんと成功したみたいですね」
「お前はお前で、なんで冷静なんだ!?」
「私、あまりのことにもう驚きすらしなくなってきまして」
本日二人目の突然の変貌に、明ちゃんはすっかり顔色を失いながらも守護騎士共々私の方に後退していた。転生者として覚醒して即横でRTAが始まり、今まさにクライマックスに入ったのだ。もうキャパオーバーもいいところである。
なお、バグ進行のため通常プレイと会話内容は変わらないので、人狼側はない記憶について嘲り語る事となる。選択ミスを繰り返したり信用値が低いと人狼を当てても人狼が強化された状態で退治イベントに入るのだが、バグ進行ではそのあたりの数値も初期値のため、人狼のステータスも最低値である。
つまり、今目の前にいるのはなんか知らないことを嗤ってくる最弱の敵である。
RTAプレイ動画の段階でもだいぶ面白かったが、実際に見てみるとこんなにシュールなんだなぁと、みるみるうちに化物に変貌していく秋ちゃんであった人狼を見上げる。
私と明ちゃんを庇うようにして立つ守護騎士2名は、剣に手をかけてはいるが抜こうとはしない。よくよく考えたら、彼らからみたら守るべき人には変わりはないのだ。
「……我、神託を得たり!」
では、私がゲーム上の設定をそれっぽく伝える必要がある。
「守護騎士様、あれは聖女本人ではなく入れ替わった偽物です。遠慮なくやってしまってください。鞘で一発殴れば終わります」
「春の神の聖女様!?」
そんな驚いたような顔でこっちを見ないで欲しい。そうとしか言いようがないのだ。
「しかし、聖女様に手を挙げるのは道義に反します!」
「でも、たぶんあの秋の神の聖女のふりした怪物は間もなく攻撃してきますよ?できないなら私、やります」
「春の神の聖女様!?」
もうここまで来たらさっさと殴って解決したい。ゲームクリアしたらどうなるか分からないが、このまま混乱し続けるよりもマシなはずだ。
もういっそ拳で行こうかな、と考えたところで、
「我、神託を得たりィィィィ!!!」
無表情のまま絶叫し、何かを振りかぶり人狼に突撃し出したカイちゃんが見えた。
「あ、あれは神剣ミハイル!」
「なぜこんなところに!?」
誰かが驚嘆の声を上げる。どうやらあの錆びた鉄塊が隠し要素である神剣ミハエルらしい。
神剣ミハイル。これはバグではなく、仕様で手に入るアイテムである。
元ネタが十中八九悪魔退治の大天使ミカエルのこのアイテムは、その名にふさわしく人狼側の強化ステータスをリセットしてくれるアイテムだ。
ただ、入手方法はランダムで決まる大聖堂内の絵画を13回調べるというもので、出てくる確率は低いくせに高確率で不審者扱いされて信用値が下がる。プレイヤー間では取らずにプレイするほうが楽、何らかの縛りプレイ用アイテムと名高い品である。
それをあっさり入手しているあたり、カイちゃんは本当に神託を得ているのかもしれない。
元聖女現明確な化物VS神託を叫ぶ奇行聖女。この対戦ゲームに手を出そうとするものは、私含めて誰もいなかった。
「神の!導きに!従い!! せ、い、ば、いィィィィィィィィ!!」
「さっきからなんなんだ貴様、ギャァァァ!?」
剣を持ったまま、振り下ろすことなくすてみタックルをかますカイちゃん。正当な疑問を呈しながらそのタックルにふっ飛ばされ安っぽい悲鳴をあげ、灰になっていく秋ちゃんのフリをした人狼。
もうここまでくるとギャグ漫画だなと思いながら、私はクライマックスイベントの終わりを見届けたのだった。
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その後、本当に神託に従い動いていた。その間の記憶は曖昧だと大司教や私達に語るカイちゃんと、
「……僕は、彼女の守護騎士を務めきる自信がありません……」
就任早々の担当聖女の奇行に、転職希望を出す守護騎士がいたという。




