記念写真
Mは、高校の時の同級生を集めてホームパーティを開いた。
仲の良かったメンバー、Mも入れて5人だけのプチ同窓会だった。
「撮るよー!」
Mは洋服ダンスの上段を開けて、そこにスマホを立てかけ自撮りモードにし、タイマーをセットした。
ピピ、ピピピピ、カシャッ
三秒後にシャッターが切られた。
「あっ」
フラッシュがたかれた瞬間、出入り口の近くに座っていたSが、ポップコーンやクッキーの入っていたバスケットに手をぶつけ、
中身を散らしてしまった。
「いいよいいよ、あとで片づけよう」
幸い、全部をひっくり返したわけではなかったので、Mは立ち上がりながら言った。
Mがスマホを手に戻ってくると、すでに3人がクラッカーを持って待っていた。
「○○メンバー、ばんざーい!」
きゃあきゃあとはしゃぎながら、3つのクラッカーの破裂音のあと、Mたちはパチパチと手を打った。
「ねえ、うまく取れた?」
Mの隣に座っていたFが言った。
Mはスマホをテーブルの中央に差し出した。
テーブルを囲み、パーティ用の帽子などを被って思い思いのポーズを決めた5人。
テーブルの真ん中に置かれたピザ、持ち寄ったお菓子と飲み物のペットボトル、端に避けられたトランプなどなど。
Sが散らしてしまったお菓子も、流れ星のように写っていた。
「いいじゃん」
すると、Yが不意に写真を指差して言った。
「ねえ、Aの後ろで光ってるのは何かな?」
Aが、後ろを振り返って確認し、答えた。
「これじゃない? テレビ。反射したんでしょ」
「そっか。星みたいできれいだね」
Aの後ろには何も映っていない、真っ暗なテレビ画面が斜めに写りこんでいる。
そこに、スマホのフラッシュが反射して、小さな星のような光が入ったのだった。
楽しい同窓会は終わり、片づけも終わって、ばらばらと5人は解散した。
近くに住んでいるSは、しばらくMとお喋りをしたあと、帰っていった。
一人になり、何となく淋しくなったMは、テレビをつけた。
しかし、電源が入ったのに、画面には何も映らなかった。
「あれ?」
リモコンの電池はあるようで、音量などは操作できたが、チャンネルのボタンを押しても反応しない。
立ち上がり、テレビの上についているボタンを押してみても、反応しなかった。
「変なの。アンテナか何かが壊れちゃったのかな?」
仕方なく、Mはスマホで動画でも見よう、と思って、スリープ状態の画面を解除した。
さっきの集合写真が映し出された。
「あ、閉じてなかった」
Mは写真をタップして、拡大し、それぞれの表情を見てくすっと笑った。
Aの映っているところまで写真をスライドさせる。
Mの笑顔が、一瞬にして凍りついた。
さっきまでテレビに映りこんでいた光が消え、代わりに、とんでもないものが写りこんでいた。
女のように見えた。
青白く筋張った、骨のように細い腕を振り上げ、黒髪を振り乱し、白いぼろぼろの服を着た女。
それが、落ち窪んだ目をむいてテレビ画面に、内側から貼りついていた。
「やだっ」
Mはスマホを取り落とした。
それからすぐに拾って、写真を削除しようとした。
(でも、へたに消したら……)
どんどん恐ろしくなって、Mはこんど、Sに頼んで一緒に神社に行ってもらおう、と思い、画面を閉じた。
翌日、Sに連絡しようとスマホを手に取り、Mは勇気を出してもう一度写真を確認しよう、と思った。
写真を表示してみると、女の姿はテレビ画面に映っていなかった。
「よかった、消えてる!」
しかし、そう思ったのもつかの間。
気づかなければよかった。
女は、写真の中でMの足元まで這いずってきていた。
「きゃあっ」
Mは身震いし、手近なコートをはおり、サンダルに足を突っ込むと、Sのアパートまで走っていった。
「どうしたの」
Sに事情を話すと、SはMの体と自分の体に塩をまいた。
「お塩。とりあえず、体にかけたり、気になるところに盛り塩を置いておくのはどう?」
それから、一緒に写真を確認した。
「テレビで心霊写真を見るのは、けっこう好きなんだけど。
実際に自分たちの写真だと、恐い……」
写真をよく見るため、Mのスマホを持ち上げたSが言った。
「やだ、これやばいよ……テーブルの下にいるやつでしょ? 気持ち悪い……」
Mは慌ててSの手からスマホをとり、写真を確認した。
女は、テーブルの下に移動していた。
「どんどん移動してる!」
「とりあえず、この部屋の前に盛り塩をしておきなよ。あと、ベッドの周りとか」
Mは夕方までSのアパートに留まり、帰宅した。
MはSに言われたとおり、問題のリビングと、自分のベッドの四隅に盛り塩を置いた。
念のため写真を確認すると、女はSがこぼしたお菓子の下あたりまで這い進んできていた。
(もうすぐ、あの部屋を出てしまう…)
恐怖で胸はドキドキと痛いほど鳴っていたが、蒲団に入る頃には、自然と眠くなっていた。
その夜、何かを引っかくような音でMは目が覚めた。
Mは体が動かないことに気づいた。
(金縛りだ!)
耳の中で自分の鼓動がどんどんと大きくなっていくのを感じながら、Mはまばたきをした。
まぶたと視線以外はまったく動かすことができなかった。
(助けて!)
Mの視野の端には、ベッド脇のルームライトの放つあわい光と、寝室の暗闇が映る。
Mは恐怖で歯の根が合わなくなり、短くまばたきを繰り返した。
その時、Mのスマホが枕元で軽やかに鳴った。
Mの金縛りはとけ、Mはスマホをつかむと夢中でベッドから飛び降り、寝室を出て玄関まで走った。
スマホの画面には、Sが送ってきたメッセージが表示されていた。
『大丈夫? 私も心配になってきたよ。もしよかったら、今からでも泊まりにこない?』
MはSの家に行くことを決め、メッセージのウィンドウを消した。
その時、別のウィンドウも開きっぱなしであったことがわかった。
あの写真だ。
Mは玄関の扉を半分開けながら、おそるおそる、写真を確認した。
あの女の姿はどこにもなかった。
(消えた…?)
Mが写真を閉じると、寝室からはかすかにうめき声のようなものが聞こえた。
Mは痛いほどに早鐘をうっている心臓をぐっと押さえるように、胸にこぶしを当てて、勇気を振り絞って寝室に戻った。
寝室の扉の前に立つと、うめき声が少し近いところから聞こえた。
半開きの扉から、そっと中を覗き込む。
ベッドの下が、ルームライトでぼんやりと照らされている。
そこで、ぼさぼさの黒髪と青白く筋張った腕が、のたうちまわるようにうごめいているのが見えた。
Mはそれ以上のぞき続けることはできなかったし、それで良かったと後に思うことになる。
Mは寝室への扉を完全に閉め切ると、玄関へ走り、鍵もかけないままSの家へと走った。
Sのアパートの玄関でもう一度、体に塩をかけてもらい、Mは泣きながらSに顛末を話した。
「言われた通りに盛り塩をしたんだけど、もう、いたの。
ベッドの下にいたの」
あの不気味な女を寄せ付けないためのものが、女を閉じ込める形になってしまったのだ。
「私、あんなものの上に寝てたなんて」
Mはそれを思い出し、強く身震いした。
その後、Mは一週間近く自分のアパートに戻らず、Sの住むアパートで生活した。
約束どおり神社に向かい、お清めをしてもらったが、気味が悪かったので、スマホは新しいものに買い換えた。
SDカードに保存しておいたほとんどの写真も、一緒に処分してしまった。
それから業者を頼んでMはアパートの部屋を引き払った。
ベッドとテレビは粗大ごみとして処分し、大半の家具も処分したという。
以来、Mは一人暮らしをすることができなくなり、Sとルームシェアを続けている。
余談だが、別の友人のもとに送られた同じ写真には、あの女は写っていなかった。
Sが偶然にも指摘した「テーブルの下の何か」とは、実は、あの女ではなかった。
複数の友人たちの靴下が、奇妙な生き物のような形をつくり出していただけだったのである。
つまり、あの女が見えていたのはMだけだったのである。
彼女の借りていたアパートには、真実、そういった曰くは一つもなく、今では他の住人が普通に暮らしている。
あの女は、Mが呼び寄せてしまった。
そして、あの女はMにのみ執着していた。
この奇妙な因果関係の謎は、未だに解かれていない……