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救急搬送

 社会人になり、働き始めて数年目のことだった。

 帰宅して実家で過ごしていた際に、私は激しい腹痛に見舞われた。起き上がることも声を出すこともできず、しばらく猫以外の家族には気づいてもらえなかった。なんとかスマホをたぐり寄せ、仕事中の母に電話した。

 ライン見て、と喋るのがやっとで、あとは文字でやり取りをした。

 一番近い消化器外科に運ばれたが、救急車を呼んだほうが良いと診断され、大きい病院に運ばれた。

 そこから検査待ち、なんと6時間。あまりにの痛みに「痛み止めはだめですか」と息も切れ切れに聞いたが、検査結果が出るまではだめだということで、ストレッチャーの上でずっともんどり打っていた。

 不幸中の幸いか、若い男性が同じく腹痛で運ばれており、同じように腹痛で苦しみながら待っている仲間がいることで少しほっとした。

 ようやく検査に回されたが、既往のためエコーのみ行なわれ、結果原因は不明。消化器外科の病棟に入院して経過を見ることになった。

 ベッドに運ばれ、栄養剤の点滴を繋がれた際、ようやく痛み止めを入れてもらうことが叶った。それでもかなりの苦痛だったが、私はやっと眠ることができた。


 眠って少しして目が覚めた。

 私は大部屋の戸口のすぐ横のベッドにいたので、廊下とナースステーションの明かりが見えた。

(今何時だろう)

 スマホを探して寝返りを打った瞬間、私ははっと目を見開いた。

 ベッドの脇に女性が立っていた。身長は私と同じかもう少し高め。長くてボサボサに波打った黒髪で顔が隠れ、白のくたびれたワンピースか薄手のコート、その下にえんじ色のスカートかガウチョパンツのようなものをはいていた。足には白のストッキング、上履きのようなパンプス。

 私は目を逸らさなければと思いつつ、つぶさに女性の姿を観察していた。これだけの特徴をじっと観察する余裕があるほど、女性はずっとそこにいた。

 なぜか目をはなしがたかったが、何とか気力で反対側に寝返りを打ち、蒲団を顔半分まで被って考えた。

(恐らく夜、面会時間ではないはず。靴やストッキングは看護師さんっぽいけど、さすがに違うだろう)

 一体誰なのか、まだそこに立っているのか。考えているうちにいつの間にか眠ってしまった。


 眩しいライトが私の顔を照らした。私は仰向けで、うっすらと目を開けた。そこにはライトを持った看護師の姿があった。

「あ、大丈夫ですか。起こしてごめんなさいね、うなされてたから」

「あれ、今ここに」

 改めて女性のいた場所を確認すると、そこには点滴台が置かれていた。看護師はにっこり笑い、「変な夢を見ちゃったのね。大丈夫よ、おやすみなさい」とカーテンを閉めた。

 そうか、さっき女性がいた時は病室の全てのカーテンが開いていた気がする。実際には閉めきられていたはずだ。

(なんだ、夢か)

 しかし、看護師はうなされていたと言ったが、あの女性は恐くはなかった。ぎょっとはしたが、女性は実在する人間のような圧を持ち、見た目のわりに危害を加えてくるような不審さも不気味さもなかった。もしかすると何か心配ごとがあって私を見に来たのだろうか、という感じがした。まったく、嫌な存在には感じなかった。

(え、何だったんだろう)

 寝返りを打とうとして、私は自分が腹痛で自由に体位も変えられないことを思い出した。

(ああ、やっぱり変な夢だったのか)

 何せ、私は霊感のれの字も無いことが自慢であるほどだ。私に見える幽霊がいるはずがない。そう納得して数日過ごし、快復した私は退院することができた。



 その翌年、私は再びひどい腹痛に見舞われ、救急搬送されることとなった。

 入院した病院では受け入れがなく、取り急ぎ検査を行なってくれる別の病院に運ばれた。担当してくれた消化器外科の医師は、既往はあるがCTを撮った方が良いと判断し、その結果、もともと卵巣肥大があったほうの卵管がねじれ、血流障害を起こしているとわかった。

 その病院には婦人科も専門医の所属も無かったため、結局昨年入院した病院に紹介状を書いてもらい、救急車で搬送された。その際、外科の医師と研修医が同乗した。私は痛みに支配されながら、症例の見学かなと思っていたが、壊死や破裂が起こると急変し、そのまま死亡する恐れがあったと後になってわかった。

 診察室で「卵巣茎捻転」の診断を受け、緊急手術を受け、全身麻酔のすごさとそれ故の恐さを実感しながら婦人科の病室に運ばれた。

 幸い予後もよく、規定の日数で無事に退院することができた。



 家に帰ってから、何かのタイミングでもなく、私はふと思い出した。結局、私が消化器外科に入院していた時に見たあの女性は夢だったのだろうか。

 消化器外科は婦人科とは違い、頻繁に人が亡くなるような環境だった。入院中にも必死に呼びかける声やAEDのような作動音が聞こえたことがあるし、隣の大部屋からはいつも弱々しい老人の声がしていた。そして、消化器系病棟特有のにおいもきつかった。

 ただの憶測だが、あの女性は「あなたは消化器の患者ではないよ。違う病気だから、ちゃんと治してもらわないと危ないよ」ということを教えるというか、それを心配して私を見に来たような気がしている。彼女は当人にも気づけないような病気の見落としを察知して、教えてくれようとしたのかもしれない。

 だから、手術を終えて婦人科に入院している時には見かけなかったのではないか、と思っている。


 もし、これを読んでいるあなたが今後入院することがあったとして。あの女性が夢枕に立ったら、間違った診断を受けていたり、必要な処置を受けられていなかったりする可能性があるかもしれない。

 頭の片隅にでも、この話を置いておいてほしい。

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