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虜にしてくる怪異

 あれは夏だった。

 私は仕事を終え、祖父母の家で過ごしていた。共働きの両親に代わって、長らく私の食事は祖母が担当している。外食したりコンビニのご飯を買ったりするくらいなら自分の手料理を食べれば良い、という言葉に全面的に甘えていた。

 その日も夕食を待っていた。

 私は少し疲れていて、大きな座卓の横に座り、手を後ろについてリラックスしようとしていた。

 手を畳に置いた瞬間、ガシッ と手首を掴まれた。

 人間が恐怖に対してするさまざまな反応が一気に出た。心臓がキンと冷たくなり、体中に鳥肌がたち、筋肉が硬直し、体がわずかに飛び上がった。背中を冷や汗が流れる。私にできたのはヒッと短く息を吸いこむことだけだった。

 一瞬で数分の時間が経った気がした。実際には数秒しか経っておらず、手首はまだ掴まれている。

 見るか、見ないか、一秒足らずで判断し、私はバッと勢いよく手首を見た。

 座卓の下の影から、二本の細い手がのび、ぎっちりと私の手首に爪を立てていた。そして影のなかにらんらんと光る、二つの丸い目。じっと、自分が捕まえた獲物を見つめている。

 私の手首をハンティングした、祖父母の家にいる体の大きな猫だった。普段は鈍くさいのに狩りだけは得意な猫だ。私自身、とても可愛がっていて懐かれている自信があった。

 しかし、この時ばかりは、正体がわかってもなお恐いという感情のほうが勝っていた。お前かい! などと元気よく突っこむ心の余裕はなかった。

「ねえ、本気で恐い……から、やめて……」

 息も切れ々れにささやくと、猫はわかったよ、と言うように手を引っ込め、座卓の下から出てどこかへと向かった。

 猫の奴隷も辞さない私だが、あれは本当に恐い体験だった。

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